小グループで聖書を学ぶ
23 御言葉の発見(U列王記22:1〜20)

「心の門を開いて」

 1946年ヨルダン川西岸地区のクムラン洞窟から紀元前1世紀の旧約聖書の写本が発見されました。20世紀最大の考古学の発見と言われる死海写本です。それまでの写本から1000年もさかのぼるものでした。今日の箇所は、修理中の神殿から律法の書が発見されたという内容です。律法の書を聞いたヨシヤ王の反応から恵みを受ける時間になることを望みます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 今日の王様は、ヨシヤ王です。8歳で王となりましたが、最も信仰的な王と言われている人です。どんな王様ですか。どのようなことをしましたか。
・1〜5節/
・U歴代34:3,7〜8/

2 先祖ダビデのすべての道に歩み、右にも左にもそれなかったと称賛されたヨシヤは、16歳になると、信仰で神に仕え始めました。20歳になると南北全土から偶像を取り除くことを行いました。さらには、26歳の時に、神殿の修理を行いました。その神殿修理の際に、どんなことが起きましたか。それは、王の前でどうされましたか。
・8節/
・10節/

3 この時、神殿から律法の書が発見されました。誰でも、御言葉がなければ、自分の考えや感情に従って、自己中心になって歩むしかありません。御言葉が宣言される礼拝に出るならば、生きた御言葉に出会い、自分を変えてくれる御言葉を発見できる機会となります。律法の書が読まれるのを聞いたヨシヤ王は、どんな応答を示しましたか。王は、なぜそのような衝撃的な姿を見せたのですか。
・11節/
・13節後半/

4 王は律法の書のことばを聞いた時、大きな衝撃を受け、自分の衣を裂きました。非常に大きな悔い改めを表したものです。御言葉を聞いて心を痛め、衣を裂いたというのは、心を刺されるということです。使徒ペテロからイエス様の十字架による救いの説教を聞いた人々が、心刺されました。あなたは、どんな御言葉によって心刺されたことがありますか。どんな箇所を通して、心に衝撃を受けましたか。
・使徒2:36〜37/


5 もし律法の書が発見されなければ、ヨシヤ王は、御言葉を聞いて悔い改め、衣を裂くことはなかったでしょう。かえって、偶像を取り除き、神殿を修理した自分はよくやったと満足していたことでしょう。自分が悔い改めなければならない存在などとは少しも思わなかったでしょう。これは、私たちに何を教えているのでしょうか。
・Tテモテ1:15/
・Tヨハネ1:10/

6 御言葉の発見がなければ、自分の罪を見ることなく、自分の歩みに満足したままということです。律法は、私たちに何を教えてくれるものですか。どんなことを自覚させてくますか。
・ローマ7:7, ヤコブ2:10/
・使徒2:36/

7 使徒ペテロの説教を聞いて心刺された人々が、「私たちはどうしたらよいでしょうか」と言いました。御言葉を聞いたら、反応しなければなりません。御言葉を聞いたヨシヤ王は、どうしましたか。
・使徒2:37〜38/
・13節前半,19節前半/

8 御言葉を聞いても、何をどうすべきかを考えない人は、何も聞かない人よりも、問題が多いと言わざるを得ません。私たちは、御言葉を聞いたなら、「きょう主は私に何を求めておられるのだろうか」ということを念頭に置く必要があります。御言葉を聞いて心を傷め、へりくだって、悔い改めたヨシヤ王は、どのような恵みを受けましたか。
・19節後半〜20節/


9 ヨシヤ王が御言葉を聞いて、悔い改めて、主の前に泣いて祈ったので、主がそれを聞いてくださいました。安らかに地上の生涯を終えて、天国へ行くことができるという恵みを受けました。御言葉を発見するためには、御言葉が自分に語られたものと受け止め、自分に適用することです。しかし、自分の思い通りになることだけ求め、自分の願ったようにしてくれないと不平を言い、助けにならないと背を向けるなら、祈りも聞かれず、助けを受けることができません。どんなことが妨げとなるのですか。
・イザヤ59:1〜2/

「命の実を刈り取ろう」

 ヨシヤ王は、発見された御言葉を聞いて、真に悔い改め、神の赦しと恵みを受けることができました。御言葉の発見は、主のあわれみと救いの発見ともなりました。今日、御言葉は容易に発見することができます。自分に語られた御言葉として、自分に適用するのです。御言葉を聞いて、心刺されますように、御言葉から外れ、御心から離れていた自分を発見して、悔い改めますように、主の御心を求めて祈り、聞き従う生涯となりますように願います。気付きや決心を分かち合い、祈りましょう。詩篇51:16〜17。

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