小グループで聖書を学ぶ
18.真理にどとまろう(Uヨハネ1:1〜13)
「心の門を開いて」
この手紙は、使徒ヨハネがある信仰的な女性聖徒に送ったものです。純粋に信じていたのですが、偽りの教えの影響を受けて、信仰から反れていたようです。よく知っていた人なので、信仰の回復を願って、この愛と信頼に満ちた手紙を書きました。この手紙から、人々への対応を学びたいと思います。
「御言葉の種を蒔こう」
1 この婦人は、霊知主義とかグノーシス主義と言われた教えの影響を受けて、少しずつ信仰から反れて行ったようです。それは、ヨハネの心をひどく痛めるようになりました。忠告の手紙を書きましたが、どんな書き出しですか。(参考/コロサイ2:8)
・1-2節/
2 忠告や誤りの指摘は、親しくしていても、怒りや憤慨を引き起こし、関係を崩し易いのです。婦人からすれば、自分のしたことはヨハネたちを怒らせ、憎まれているかなと考えたことでしょう。「ヨハネだけでなく、他の人もみな変わりなくあなたがたを愛していますよ。」というのを読んで、婦人は安心し、心が開かれて行ったことでしょう。人に忠告をするというのは、とても細やかな心遣いと注意を要します。ヨハネのような心を持つことが大切です。忠告をする時、あなたはどうしていましたか。
3 忠告は、肉の心や耳に痛く感じるものです。忠告されると、聞きたくないとばかり、反発したり、怒ったりし易いものです。あなたが忠告を受けた時どうでしたか。
・箴言1:25,1:30/
・箴言12:15,19:20/
4 この時、ヨハネは教会の人々を「真理を知っている人々」と言い、「真理は私たちとともにある。」と言い、「真理」を強調しています。これは、間違った教えを意識した言い方のようです。聖書こそ唯一の真理であって、聖書を知っている者は、真理を知る者です。真理のうちにある者は、どのようだと教えていますか。
・3節/
5 ヨハネは、責めるよりも、この真理について、婦人の子どもたちの中にどういう人がいると言っていますか。私たちは、人や物を見る時、足りないところを責めますか。良いところを認めますか。責められる内容について、婦人にどう切り出していますか。婦人を直接責めていますか。
・4節/
6 ヨハネは、婦人の信仰を取り戻させ、主にある関係を回復させたいと思っています。そのために、この婦人にお願いしたことは何ですか。なぜそのようにできるのですか。根拠はどこにありますか。
・5節/
・ヨハネ15:12,Tヨハネ4:11/
7 6節の「初めから聞いているとおり、愛のうちを歩む」とは、「はじめの愛を取り戻そう」ということです。私たちは、神様の愛を受け、イエス様の福音を信じた時には、人を愛する者になりました。今、肉の知識と高慢のゆえに、真理からそれ、愛を失い、肉の人となっていないでしょうか。怒りや妬みにほんろうされていないでしょうか。8節は、救われた福音の豊かさを体験してほしい、という切実な思いから書いています。あなたは、信仰の恵みを享受されていますか。
・6,8節/
・黙示録2:4-5/
8 ヨハネは、婦人たちに影響を与えた、偽りの教えがどんなものかを明らかにしています。偽りの教えに対して、どう対処せよと進めていますか。
・7,9節/
・10-11節/
9 イエス様が人として来られたのでなければ、十字架の贖いはなく、罪の赦しも滅びからの救いもありません。現代も聖書が誤りのない神様の御言葉だという聖書信仰に立たないなら、聖書は道徳等の参考文献になってしまい、信仰生活も自分の知恵ですることになります。私たちを救うために、人となって来られた神の御子イエス様だけが私の救い主、私の神です。この真理に留まっているでしょうか。揺れ動いている所はありませんか。
「命の実を刈り取ろう」
素晴しい愛と配慮に満ちた手紙でしたが、ヨハネは、これだけで十分だとは思いませんでした。「顔を合わせて語りたい」と言っています。顔を合わせて語れば、再び真理で一つとなるでしょう。人格的な交わり、分かち合いは大変重要です。御言葉、福音が伝わるのも、関係ができて伝えられるものです。Tテサロニケ3:10。あなたにとって聖書は何ですか。どのような信仰に生きて、その恵みを享受し、互いの関係を立て上げて行きますか。
・12節/
・ヘブル10:24-25/