小グループで聖書を学ぶ
慰めのクリスマス(イザヤ40:1〜11)
「心の門を開いて」
この箇所は、国が滅ぼされ、バビロンに捕囚とされたユダ王国の民に向けられたメッセージです。しかし、それに加えて、やがて救い主が来られて、人々を救ってくださるという預言でもあります。ですから、この箇所を学ぶことでクリスマスのメッセージを受けることができます。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 イザヤ40章の預言は、やがて救い主が来られることを預言していると言われています。今日の箇所と新約聖書を比較してみると、誰のことを預言していたということが分かりますか。
・9〜11節/
・ルカ2:1〜11, ヨハネ10:11,14/
2 イエス・キリストが救い主として来られるというクリスマスの預言になります。では、イザヤの預言は、どんなクリスマスのメッセージを与えているのでしょうか。なぜ、そう言えるのでしょうか。ユダの民は戒めを受けて、バビロンで捕囚となっていましたが、どうされると約束されていますか。
・1節/
・2節/
3 償うとは、ユダは罪を犯したけれども、その罪が償われることによって赦されるということです。罰が終わり、捕囚から解放と自由と回復の日を迎えるということです。私たちの罪を赦し、解放と回復のために、イエス様はどのようにしてくださいましたか。
・Tペテロ3:18/
・Tテモテ2:6/
4 私たちは、イエス様の十字架によって救われました。それは、イエス様の十字架の死という罪の代価が支払われたために、その罪が償われたからです。それによって赦されて永遠の命が与えられ、罪からの解放と神の民としての回復があります。あなたは、イエス様が自分の罪の代わりに十字架で犠牲となられたということを信じていますか。それによって与えられた確信は、どんなことですか。
・エペソ1:7/(参考)
・ガラテヤ3:9/(参考)
5 慰めの内容は、バビロン捕囚から神に導かれて帰って来るということです。この箇所は、誰の紹介の箇所に引用されていますか。その人は、何をする人ですか。
・3〜4節/
・マタイ3:3〜6/
6 世で生きていると、様々な苦難や労苦も経験します。ですから、慰めが必要です。この世に慰めが必要でない人は一人もいません。福音書に記されたイエス様の行動を見ると、どんなことに気付きますか。人生の途上でイエス様と出会い、救われて生きていく中で、どんな体験を与えてくれると言えますか。
・マタイ11:5/
・ヘブル2:18,マタイ5:4,Uコリント1:5,7:6/(参考)
7 5節で「主の栄光が現されると、すべての肉なる者がともにこれを見る」と預言されていますが、イエス様誕生の知らせの時、どんな賛美がされていますか。このことは、何を現していることになりますか。
・5節/
・ルカ2:14, ヨハネ1:14/
8 6〜8節では、人という存在は草のようなもの、その栄光もすぐに枯れる花のようだと教えています。私たち日本人には、よく分かる表現です。それでは、生まれて来た意味が分からず、労苦して人生を過ごし、やがて死んでしまう、そんな空しさに打ちひしがれるでしょう。しかし、最後に言っていることに注目してください。どういう意味ですか。あなたは、そのことからどんな思いを与えられますか。
・6〜8節/
・ヨハネ5:24,6:68/ (参考)
9 ヘンデルが絶望し、失望と挫折に陥っていた時、友人がイエス・キリストの生涯を描いたオラトリオの台本を贈りました。ヘンデルがそれから大きな慰めと勇気を与えられ、24日間没頭して書いたのが、メサイアです。「慰めよ、慰めよ。わたしの民を」から始まり、聞く人々を慰め、励ましています。ヘンデルのように、イエス様の救いと御言葉から慰めを受ける私たちは、何ができると教えていますか。あなたは、どうしますか。
・9節 /
・Uコリント1: 6,Tテサロニケ4:18 /
「命の実を刈り取ろう」
今日の御言葉は、「良い知らせを伝える者よ、力の限り声をあげよ。声をあげよ。恐れるな」と励ましています。ヘンデルのように、御言葉から慰めと勇気を与えられて、「良い知らせを伝える者」となりたく願います。今日、私たちが生きる時代は本当に慰めが必要な時代です。私たちに慰めが必要な時、神は誰かを通して私たちを慰めてくださいます。「私たちが慰めを受けるとすれば、それも誰かの慰めのためです。」学びを通して与えられた気付きや決心を分かち合い、互いのために祈りましょう。Uコリント1:6。
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