小グループで聖書を学ぶ
22 自分の光を輝かせなさい(イザヤ54:11〜17)
「心の門を開いて」
皆さんは石を拾い磨いたことがありますか。日本でも5千年前の縄文時代から翡翠(ヒスイ)が盛んに用いられ、弥生古墳時代にはヒスイで勾玉が多く作られました。原石も磨いてこそ、光り輝くようになります。今日の箇所にはたくさんの宝石が登場します。何を表現しているのでしょうか。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 バビロン帝国によってエルサレムが破壊され、捕囚になっていた民は、何と呼ばれていますか。それは、彼ら自信が自分たちをどのように見ていたためですか。それは、どんな自己認識の傾向のためですか。
・11節前半/
・民数記13:33,伝道2:20/(参考)
2 「苦しめられ、嵐にもてあそばれて、慰められなかった女よ」と呼ばれた捕囚の民は、解放されてエルサレムを再建できるという預言が与えられましたが、それを悲観的否定的に見ていました。彼らは神の民なのに苦しみ恐れていたのは、捕囚が続く中で悲観的否定的になっていたからです。心が暗くなって、人生がくすんで色あせてしまったのです。そんな民に対して、神様はどんなことを言われていますか。
・11節後半〜12節/
3 現代社会の中でも、人生の嵐にもまれ、問題に苦しみ、恐れている聖徒たちがいます。「見よ」と注意を喚起して、宝石のように輝くエルサレムを再建できると言っています。そのようにあなたの人生もきらめく宝石のように光り輝くと言ってくださるのです。私たちは、自分をどのように見るべきですか。神様は、あなたを宝石のように見ていてくださることを知って、どう思いますか。
・イザヤ43:4 /
・Tコリント15:10/
4 私たちは、イエス様を信じる前の自分の悲惨さを知る必要があるとともに、救われた後は貴い者に変えられたことを知っておく必要があります。この箇所と同じように宝石が出て来る箇所が新約聖書にあります。引用箇所は、何をあらわしているのですか。
・黙示録21:1〜2,18〜21/
5 捕囚の民は、その地で苦しみ、問題で翻弄され、恐れと不安を抱いていました。子どもたち子孫には、そんな思いをさせたくはなかったのです。そんな人生を送ってほしくはなかったです。彼らが御言葉を信じてエルサレムに帰還し、再建するならば、何が起こると言っていますか。
・13節/
6 世の教えや惑わしによって、子どもが人生の嵐に翻弄されて苦しみ、不安や恐れを抱いて生きるようになるかもしれません。親という者は、何よりも子どもの幸せを考え、人生の嵐にもてあそばれ、苦しむことがないように、平安で過ごせるようにと願います。そのために親ができることは何でしょうか。
・マタイ5:16 ,Tコリント11:1/(参考)
・エペソ6:4, マタイ19:13/(参考)
7 どうして苦しみ、嵐に翻弄されていた民が光り輝くことができるのでしょうか。なぜ捕囚の民がそのように変われるのでしょうか。理由は、なんですか。
・14,17節/
・ローマ4:5/
8 神様が、捕囚に至った民の罪を赦し、義と認めてくださいました。だから、光り輝けるようになりました。ただし、民が大変な努力をしたからではありません。神様のあわれみで神様が一方的に義と認めてくださったからです。この義はどういうものですか。私たちが義とされるために、どんな犠牲が払われたのですか。
・ローマ4:25/
・Uコリント5:21/
9 神様によって義とされた者は、どのようにされると言っていまか。どんな特徴がありますか。神様を覚えていないと、自分に辛くあたる者や責める者の言動ばかり考えるようになり、心が暗くなりますが、神様を覚えるならば、どのようになりますか。あなたは、人生の嵐の中で、どのように歩もうとしますか。
・14〜17節/
・ローマ8:30〜31/
「命の実を刈り取ろう」
確かに救われる以前は、罪によって翻弄され、苦しみ、くすんでいたでしょう。しかし、イエス様を信じれば、罪赦され、義とされ、死んでいたような魂に光りが差し込みます。イエス様の十字架による救いを信じて、義とされた私たちも、宝石のように光り輝くことができるのです。私たちを通して、子どもや孫も、周りの人々も祝福を受けるようになります。そのためにも、私たちのために苦しみ死なれたイエス様が、「あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい」と言われたことを覚えましょう。気付きや決心を分かち合い、互いのために祈りましょう。マタイ5:16。
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