小グループで聖書を学ぶ
26 主に身を寄せる者は(イザヤ56:9〜57:13)
「心の門を開いて」
聖徒たちにも、時には人と比べて、自分の存在が儚くて、自分は損な役割で、辛い立場だと思う時があります。自分を悲しませ苦しめる人々をうらんだり、問題に苦しむ自分は惨めだと思うこともあります。そのような者たちに、神様はどんなことを教えているのでしょうか。偶像に頼る民と義人の対比から学びます。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 ユダの民の指導者たちが登場していますが、彼らは、どのような人たちだと言われていますか。
・56:9〜12/
2「目が見えず、みな何も知らない。彼らはみな口のきけない犬」とは、役に立たない見張り人だということです。この見張り人とされていた民の指導者たちは、どんな見張り人でしたか。どんな特徴がありますか。それは、見張り人としてふさわしいのですか。
・エゼキエル33:8/(参考)
・マタイ23:16~17/(参考)
3 民の指導者がまったく見張り人の働きをしなかたので、ユダ王国はバビロンに滅ぼされて、民は捕囚となってしまいました。見張り人は、どのようにするべき人ですか。私たちだったら、どのようにすることになりますか。
・エゼキエル33:6〜7/
・使徒10:42,ローマ10:14〜15/(参考)
4 ユダの国がバビロンによって滅ばされる前に、神様の御言葉に従って生き、神様の警告を伝えていた義人もいました。たとえば、預言者エレミヤが偶像崇拝していたらバビロンによって滅ぼされると警告したら、どうされましたか。今日の箇所では、見張り人の務めをした義人は、どうなりましたか。人々からどのように扱われましたか。
・エレミヤ38:4〜6/
・57:1前半/
5 義人が迫害され、誠実な人が犠牲になるなんて、酷すぎる、納得できないでしょう。義人たちは、口のきけない見張り人と言われた悪い指導者たちによって迫害されたのでしょう。義人が死んでも心に留める者はいないし、誠実な人がいなくなっても気付く者はいないという有様でした。義人たちは、いのちを懸けて見張り人の務めをしたのに、残念で気の毒なのでしょうか。神様によって義人たちはどうされると言われていますか。
・1〜2節/
・黙示録14:13, 21:4/(参考)
6 「義人はわざわいを前にして取り去られる」と教えられています。やがて義人たちを迫害した者たちにわざわいが来る前に、天国へ連れて行かれたというのです。天国で平安に休むことができるようにされました。義人たちの働きは無駄ではなく、その死は惨めではなかったのです。見張り人の役目を果たした二人の人物について調べてみて、思ったことを分かち合いましょう。
・使徒7:59〜60/
・マタイ3:1〜2,11,マタイ14:7〜10/
7 神様の見張り人としての役割をした義人たちが取り去られた後に、何と!貪欲で自分勝手な者たち、偶像崇拝する者が神様から呼ばれています。これは、どういう意味ですか。神様に背を向けて、偶像崇拝を続けていたら、どうなると警告されていますか。
・3節,マタイ22:2〜3/
・13節前半, エゼキエル33:9/
8 こんな民に対しても、御慈愛深い神様は、立ち帰りを期待し、救いを提示されました。最後の箇所には、救いが宣言されています。なぜ、このように酷く偶像崇拝に陥った者へも、主に身を寄せるならば祝福すると言われているのでしょうか。
・13節後半/
・Tペテロ2:24,エペソ1:7/
9 義人たちの死の後に、偶像の民となった者たちへ呼びかけられ、招待されていました。義人たちもイエス様のように、迫害されても彼らのために御言葉を伝え、とりなし祈ったでしょう。自分たちの苦しみや死を悪い指導者や偶像崇拝に堕ちた民のせいにすることなく、恨むことなく、ステパノのように召される時まで神の見張り人の働きをまっとうしたのです。あなたは、どのような見張り人となろうとしますか。決心したことはどんなことですか。
・ルカ23:34/
「命の実を刈り取ろう」
イエス様が十字架に死なれたのは、すべての人を罪と滅びから救い、天の御国へ導くためでした。人が再び罪と滅びの下に生きることがないようにと犠牲となられたのです。もう二度と偶像の民として生きるのではなく、神に頼る民、神の見張り人として生きるようにと十字架で苦しみ、死なれました。今日の学びを通して与えられた気付きや導きを分かち合い、互いのために祈りましょう。Tペテロ2:24。
| 戻る |