小グループで聖書を学ぶ
33 喪失感からの回復(イザヤ60:10〜22)
「心の門を開いて」
人や大切な物を失ったり、立場や居場所を失ったりするときに、人は喪失感を覚えます。喪失感で生じる感情は悲しみですが、むなしさや寂しさなどのほか、その元となった事に対する苛立ちや不安も生じます。エルサレムに帰還して廃墟を見た民の心に生じた思いは、深い喪失感でした。そんな民に語られた神の言葉は、驚くべき回復の約束です。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 捕囚から帰還した民には、過去の傷と痛みがありました。捕囚になるだけでなく、信仰の中心である神殿までも破壊されました。家庭も職場も失いました。遺跡となったエルサレムに希望がありませんでした。何もかも失った捕囚の民は、大きな喪失感に覆われました。神様は、喪失感を覚えて痛んでいる民に、何を語ってくれましたか。どういうことが起こるというのですか。
・10〜11節/
2 神の民の大きな喪失感は、状況が悪くなると、自分たちは神様から見捨てられたという思いから生じました。今喪失感のためにむなしさと悲しみの中にいる民に対して、回復を約束してくださいました。その回復の特徴はどうですか。何と言えるものですか。過去に捕囚の民がバビロンから受けたことと比較してみてください。
・U列王25:8〜14/
3 14節の回復にも、逆転があります。過去捕囚の民を苦しめた者や侮った者たちの子孫が、どうなるというのですか。このようなことを知って、民はどう思ったでしょうか。神様はどんなお方だと知ることができますか。
・14節/
・詩篇18:47,ヘブル10:30/ (参考)
4 捕囚の民が経験した過去の痛みがあります。捕囚にされた時、蹂躙されて虐待を受け、悲惨を経験しました。人々から見捨てられ、憎まれ、軽視され、無視され、喪失感に覆われています。どれほど寂しくて、むなしくて、悲しい経験でしょうか。主はどうしてくださると約束しておられますか。
・哀歌1:1〜3/
・15節, Uコリント6:2/
5 人から見捨てられたり、裏切られたり、無視され、軽視されたりすれば、孤独感と心の痛みで喪失感を覚えるようになります。悲しさやむなしさを感じます。このむなしさ、虚無感に襲われると、辛くなります。一体何のために頑張って来たのか、自分には何も残っていないのではないかという思いに陥るようになります。喪失感や虚無感に囚われると、将来への不安が生じて来ます。あなたは、どんな時に、そのような経験をしましたか。
6 たとえ私たちの過去が悲惨であったとしても、現在は変わり、未来は栄光になると言われます。人による喪失感の中にあった民に対して、神様が回復の約束をされました。二つに分けて考えてみてください。それぞれどんな過去からの回復ですか。(「国々の乳を吸い、王たちの乳房を吸う」とは、彼らが民を食べさせて生かすという意味です。)
・16〜17節前半/
・17節後半〜18節前半/
7 最後の部分では、回復というより祝福が約束されています。どんな祝福ですか。主が私たちのために、どのようになってくださるというのですか。どんな素晴らしい祝福を私たちに与えてくださるのですか。
・18後半〜20節/
8 20節の「あなたの嘆き悲しむ日が終わる」という約束は、喪失感の中で悲しみ、嘆く者にとって、大きな励ましとなり、慰めとなります。しかし、素直に受け止められない者には、さらに何と言って励ましておられますか。それは、どういう意味ですか。
・21〜22節/
・イザヤ43:4/(参考)
9 人は、今の苦しみや痛みがずっと続くと思うから辛いのです。喪失感と虚無感の中に埋没してしまいます。でも、やがて状況は変わります。たとえ私たちが喪失感と虚無感の中で嘆き悲しむとしても、そんな私たちに向かって、「あなたの嘆き悲しむ日が終わる」と宣言してくださいます。主は「あなたはわたしの作品だ」と言われます。あなたは、この祝福の約束にどのように応えますか。
「命の実を刈り取ろう」
小さい者や弱い者が集まって強国となり、小さい者や弱い者が集まって神の国となります。教会がそうなることを願います。人生においては問題が起こります。喪失感に襲われ、うなだれ、思い乱れる時もあるでしょう。そんな時、神様の素晴らしい約束を思い出し、「嘆き悲しむ日が終わる」のを待ち望みます。学びから受けた気付きや適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。詩篇42:5。
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