小グループで聖書を学ぶ

39 豊かな恵みを思い出す(イザヤ63:7〜14)

「心の門を開いて」

 親は子どもを叱っても、子に対する愛情はなくなるわけではありません。愛情を注ぎ続けます。親に反発していた子どもも、親に対する感謝を思い出すと反発をやめ、変わって来ます。慈愛の神様が63章の始めで怒りの裁きに触れた後、民は神様の恵みを思い出すようになります。ここから私たちへのメッセージを学びます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 バビロン捕囚から解放されて帰還した民は、廃墟となった都エルサレムを見て愕然とし、失望落胆し、喪失感にさいなまれました。そんな民に神様は繰り返し祝福と希望を語りかけてくださった後、63:1〜6で民に対する怒りの裁きに触れました。そこから民の心に変化が起こります。預言者は何と言っていますか。(「語りつげる」の直訳は、「思い出す」)繰り返して強調されていることは何ですか。
・7節/
・詩篇136:1〜3/

2 7節の直訳は、「私は主の恵み深い行いを思い出す」となります。人生は文句を言いながら生きることができますし、日々恵みを感謝しながら生きることもできます。どちらを選ぶかは、私たち次第です。帰還した民は、三つの恵みを思い出しています。一つは、何ですか。私たちについては、どうですか。
・8節/
・ヨハネ1:12/

3 8節で「彼らはわたしの民だ」と神様が言われたことは、神様がこの民をご自分の民として選ばれたから納得できますが、「偽りのない子どもたちだ」というのは何かの間違いではないでしょうか。どういうことですか。イエス様を信じて救われた聖徒たちがどう変わるかを参照して、考えてみましょう。
・使徒5:31/
・ローマ7:7 /

4 「偽りのない子どもたち」とは、自分の罪と悪い行いについて、素直に認める者だということです。私たちも、以前それが罪と分からず過ごしていたのですが、自分の罪が分かり、悔い改めるようになります。二番目の思い出した恵みは、何ですか。イエス様は、私たちのためにどうしてくださいましたか。
・9節/
・Uコリント5:21, マタイ8:17/

5 9節の最後には、「昔からずっと、彼らを背負い、担ってくださった」ことを思い出してと言っています。私たちの救い主は、私が苦しむ時、私のために痛み苦しみ、私を救い、私を背負い、担ってくださるお方なのです。困難の中でこのことを発見することができた聖徒は、どうなると思いますか。引用箇所も参照してみてください。
・イザヤ46:3〜4/
・申命記1:31,32:10〜11/

6 神の子どもになったからと苦難がなくなるわけではありません。しかし、驚くべきことに、私たちが出会う苦難に神様が参加しておられるというのです。主が私たちの困難に一緒にいてくださるのです。イエス様が私たちの苦しみや問題、痛みや病とともにいて、背負ってくださるのです。どんな気持ちになりますか。



7 神の民は、神様の御怒りと裁きについて聞いた後、今日の箇所のように神様の恵みを思い出しました。民は11節以下で、過去の神様の豊かな恵みを思い出しています。神の民はどんな時に過去の神の恵みを思い出していますか。(7節の「語りつげる」と11節の「思い出す」は同じ原語です。)
・6〜7節/
・10〜11節/

8 民は、神様に逆らって、怒りの裁きを受け、苦しんだ時、神様の豊かな恵みを思い出しました。思い出した過去の出来事とは何ですか。「どこにおられるのか」と三度繰り返されています。これはどういうことを意味しているのですか。
・11〜14節/


9 神様の慈愛と恵みに気付かないで、事がうまくいかなければ神様に文句を言い、願いが聞かれないと思えば神様に背を向けたりしたかもしれません。それでも、神様は、私たちを「わたしの民、偽りのない子たち」と呼んでくださいます。私が苦しむときには、いつも主も苦しみ、私を背負い、担ってくださいます。あなたは、この神の豊かな恵みに対してどのように応えますか。


「命の実を刈り取ろう」

 私たちも過去を振り返り、「あの時あのように私を守って導いてくださった神様はどこにおられのか」と自分に問えば、私たちの心に神の豊かな恵みが思い出されます。そして、問題の中で助けてくださる、難しい歩みも導いてくださると、確信と希望が与えられるのです。今日の学びを通して与えられた気付きや決心を分かち合い、互いのために祈りましょう。哀歌3:21〜22。

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