小グループで聖書を学ぶ
47 のがれた者たち(イザヤ66:15〜24)
「心の門を開いて」
人は天国を望みます。信心がなくても、どんな所業で生きて来たとしても、天国へ入ることを願うものです。しかし、天国があるのなら、地獄や裁きもあります。しかし、困ったことに、人はそんなことを聞きたくないし、霊的なことには興味がないのです。それでは天国への備えはできません。今日の御言葉から学びましょう。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 バビロンから帰還した民は、信仰が回復し、神を恐れ、御言葉に聞き従う信仰になったかと言えば、そうではありませんでした。預言者の叫びにもかかわらず、捕囚の前の姿になってしまう者もいました。どんな姿ですか。そのために、どうなりましたが。
・17節/
・15〜16節/
2 人は罪を罪とも思わず、罪を犯しながら人生を歩んでいます。罪に翻弄されて生きていると言ってもよいでしょう。世は罪が蔓延している世界です。家庭でも職場でも学校でも罪が絶えません。罪ゆえの悲惨があります。どんな罪がありますか。記されている箇所を引用してみましょう。
・ガラテヤ5:19〜21/
・Tペテロ2:1/
3 裁かれた者の特徴は、自分では神の民であると思って、形だけは行っているのですが、実は神様に背いて、偶像を拝む人と同じような肉の行い、罪の行いをしていたということです。神の民であった者が神の御怒りの対象になり、裁かれたことを学ぶ私たちは、そうなってはならないと思わされます。そのためにイエス様はどうされましたか。信じた私たちはどういう者になっているのですか。
・Tテモテ2:6,Tペテロ3:18/
・ピリピ3:20/
4 裁かれるのは、異邦人だけでなく、神の民も裁かれます。神様は、何をもって裁かれるのでしょう。何によって判断されるのですか。それを知って思うこと何ですか。
・18節前半/
・詩篇94:7〜9/
5 神様が私たちのなすことすべてを見ておられ、私たちの思うことすべてを知っておられるということを意識して生きることが、神の民として神の御前に生きるということです。神様は、さばきをのがれた者たち、つまり信仰の民を用いて、救いの働きを新たに前進させます。神の驚くべき救いのご計画です。それは、どういうことですか。
・19〜20節/
・使徒26:20/(参考)
6 神は、救いが異邦人へ向かうようにされます。地中海世界の地域や聖書の神様のことを聞いたこともない遠くの島々まで神様の栄光が伝えられ、エルサレムに連れてこられるというのです。「同胞」つまり神の民を神様の下に連れて来るようになると言われていますが、後にどうなりましたか。このような神のご計画が起こっている使徒の時代の例を参照してみましょう。どんなことが起こっていますか。そこから何か学ぶことがありますか。
・使徒2:8〜11/
・使徒8:1,4/
7 神様は新しい天と新しい地について話してくださいました。新しい天と新しい地は、黙示録にも出て来ます。それは、何をあらわしたものですか。救われた者は、どんな約束を与えられているのですか。
・22節, 黙示録2:1〜4/
・Uペテロ1:11,ヘブル12:2/
8 私たちは、神の御子イエス様の十字架の犠牲が私のためだと信じたことで罪赦され、天国への命を与えられました。救われて、天国の民とされた者たちの特徴は何をする者だと言っていますか。黙示録でも、天の御国でのその様子がたくさん記されています。その様子を読んで、感じることは何ですか。どのように信仰生活をしようと願いますか。
・23節/
・黙示録5:12〜14,7:10〜12/
9 イザヤ書最後の節で、悪しき者の裁きの場面を見せています。なぜ最後にこんな。もっと良い終わり方がいいと人は言うでしょう。しかし、イエス様も、地獄に言及する時このイザヤ書最後の節を引用されています。それは何のためですか。何を求められているのですか。
・24節, マルコ9:48〜49/
・マルコ9:43〜47, 使徒26:18/
「命の実を刈り取ろう」
人生の成功とは何でしょうか。好き勝手に生きることですか。あれもこれも手にすることですか。そうできても、地獄に行けば、人生は永遠の失敗です。困難が多かったとしても、天国へ行くことができれば、永遠の成功です。救いの恵みを体験した神の民は、恵みだけを歌い、感謝し、生きなければなりません。神様を礼拝する私たちは、神の恵みでしか生きることができない者ですという告白をしているのです。天国の民として謙遜に悔い改めて、御言葉に聞き従って生きることを願います。学びを通して気付いたことや決心を分かち合い、互いのために祈りましょう。マタイ7:21。
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