小グループで聖書を学ぶ

46 産みの苦しみと保育の喜び(イザヤ66:5〜14)

「心の門を開いて」

 救い主イエス様を遣わして私たちを救ってくださった神様は、どんなお方ですか。神様について良く知ることは私たちの信仰を豊かにしてくれます。今日の箇所は、母のような神様のイメージを私たちに教えてくれています。それによって喜びと平安と慰めが与えられます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 エルサレムに帰還した民は、荒廃したエルサレムを見て、意気消沈し、喪失感にさいなまれました。その民に新たな問題、困ったことが起きていました。それは、どんなことですか。
・5節/
・Tペテロ4:4/(参考)

2 御言葉に聞き従う信仰の民を憎み、神様に拠り頼む信仰の民が気に入らず、嘲り、罵っていた人々がいました。帰還した民を罵り、嘲ったのは、どんな人々ですか。そのことから、民が受ける痛みや苦しみはどれほどだと思いますか。
・5節/
・使徒13:45/(参考)

3 帰還した民を罵り、嘲るのは、敵でも他の民族でもなく、同じ神の民、ユダの民でした。同胞がゆえに、かえって帰還民にはきつかったのです。「なぜだ、同胞なのに」と戸惑い、言葉だけでも罵りは痛く心に刺さったのです。精神的なダメージは大きかったのです。私たちに、そういうことはありませんか。
・マルコ6:3/(参考)
・イザヤ45:10/(参考)

4 信仰の民は、同胞からの罵りや嘲りによって心が傷み、悩まされたので、神様は、斬新な励ましや慰めを与えてくださいました。 それは、どんなことの例えをもって教えてくださったのですか。
・7〜9節/


5 出産は、新しい命を世に産み出すという最も高貴なことの一つです。そして、出産の苦痛ほど大きな痛みはないと言われます。産みの苦しみは労苦が大きいです。パウロの証しを読んで、感じることを分かち合ってください。
・ガラテヤ4:19/


6 ユダ王国に攻めて来たアッシリヤから罵りと嘲りを受け、できることが何もない時、ヒゼキヤ王は「子どもが生まれそうになっているのに、それを産み出す力がない」と表現しました。今罵りや嘲りで痛み苦しむ民も、自分ではどうにもできず、産み出す力がありませんでした。それで神様は、どうしてくださると言われたのですか。その例えは、どういうことをあらわしているのですか。
・U列王19:3/
・7〜8節/

7 私たちを新たに創造するために、私たちを妊娠して、産み出してくださる神様の御苦しみを考えてみてください。出産の例えの次は、どんな例えですか。それによってどのようにことを与えてくださるのですか。この例えは、神様が私たちに対してどうしてくださるというのですか。
・10〜12節/
・申命記32:10/

8 赤ちゃんが母親の胸に抱かれて、安心して乳を飲み喜ぶように、神様が信仰の民に平安と喜びを与えてくださいます。赤ちゃんにとっての乳は、信仰で生きる神の民にとっては何にあたりますか。あなたは、それをどのように得ていますか。食べていないならば、どのようになってしまいますか。分かち合ってみましょう。
・Tペテロ2:2/
・Tコリント3:2〜3/(参考)

9 神様の子とされた者たちには、赤ちゃんが母の乳を飲んで満足しているように霊的に豊かな御言葉の乳を与えられ、以前に味わえなかった平安と喜びを与えられるというのです。神様は、私たちを産み出してくださっただけでなく、その後の保育を通してどんなことを与えてくださるのですか。私たちが嘲りや罵りを受ける時、私たちをこのようにしてくださる神様に対して、どのようにして行きますか。何が必要ですか。
・13〜14節/
・詩篇94:19/

「命の実を刈り取ろう」

 私たちが神様の胸の中で安心している赤ちゃんのように、慰めと喜びでいっぱい受けるのに必要なことがあります。お母さんがいくら抱いて乳を飲ませようとしても、お母さんの胸に抱かれるのを拒み逃げる子は、乳を飲むことはできません。心に不安や恐れが多いなら、子は母の胸に飛び込みます。時には理由が分からず不安になり、時には問題によって心が痛み、苦しむ時、私たちは、母のように私たちを産み出し、育んでくださる神の御懐に飛び込みます。学びを通して与えられた気付きや決心を分かち合い、互いのために祈りましょう。ガラテヤ4:19。

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