小グループで聖書を学ぶ
6 迫害よりも誘惑によって(黙示録2:12〜17)
「心の門を開いて」
基盤と指針を失った現代社会、何でも受け入れ、迎合すべきだという風潮の中で、ますます混乱する社会となっています。そんな社会の中で、私たちクリチャンはどう考え、どう生きるのか、今日のペルガモンにある教会への手紙から学びます。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 小アジア七つの教会の三つ目は、ペルガモン教会です。小アジアの行政首都でした。元々アッタロス朝ペルガモン王国として栄えており、蔵書20万冊を誇る図書館を持ち、羊皮紙を発明した羊皮紙の名産地でした。また、医療の神アスクレビウスで有名であり、病院と医学校もありました。さらには、ゼウス神殿やアテネ神殿もあり、皇帝礼拝の神殿もありました。そんなペルガモンは、どんな都市だと言っていますか。その中で聖徒たちは、どのようなことに出会い、どのような扱いを受けていたと想像できますか。
・12〜13節前半/
・ルカ21:12,Uテモテ3:11〜12/
2 偶像に満ちた異教世界の町で信仰にしっかり立っていた聖徒たちの姿は、ローマ帝国の役人や偶像を拝む市民から嫌われ、町の秩序を乱す者であると責められ、迫害されました。そのような「サタンの王座」である都市に住んでいた聖徒たちに対して、主はどんな励ましと賞賛を与えておられますか。
・13節/
・黙示録2:9,Uテモテ4:7/ (参考)
3 苦難と迫害の中でも、ペルガモン教会の聖徒たちはイエス様の名を固く握り、信仰を堅く守り通したゆえに、主に賞賛されました。しかし、そんなペルガモン教会にも、叱責と警告が与えられています。なぜですか。聖徒たちの中に、どんなことをする人がいたからですか。どんなことを引用して言っていますか。
・14節/
・民数記31:16,Uペテロ2:15/
4 「バラムの教え」とは、出エジプトの民がモアブの地まで来た時、モアブの王バラクがアラムの預言者バラムを招いた時「酒宴に招待してモアブの女の舞を見せ、酒を飲ませ、ご馳走を食べさせなさい」という助言に従うと、大勢の民が姦淫と偶像礼拝の罪を犯し、裁かれました。「同じように」と言われているニコライ派がペルガモンで聖徒たちをどのようにして誘惑したと思われますか。
・15節/
・Tコリント10:7〜8/(参考)
5 ニコライ派は、言葉巧みに福音と御言葉の教えを曲げて、ペルガモンの聖徒たちを偶像の祭祀の飲食に招待して、酒とごちそうと踊りを通して誘惑し、偶像礼拝と姦淫の罪に引き入れました。現代も、酒宴に誘い、食事やプレゼントで誘い、みんなのようにしましょうと言葉巧みに惑わします。ペルガモンの聖徒たちや現代のクリスチャンが受ける誘惑は、どんなことが考えられますか。経験したことも分かち合ってください。
6 イエス様は、私たちが御言葉を固く守り、主の御名を堅く保って、世と区別される聖なる人生を生きることを望んでおられますが、世において人々に仕えて、地の塩、世の光になることによってキリストの忠実な証人になることも願っておられます。世にあって私たちは、どのようにするように勧められていますか。
・ローマ12:2/
・Tペテロ1:14〜15/
7 愛に満ちた主は、ペルガモンの聖徒たちに警告と祝福を言われました。まず、警告ですが、どんな勧めと警告ですか。何に例えられていますか。その例えから、どのようなことが教えられ、勧められているでしょうか。
・16, 12節,黙示録1:16/
・ヘブル4:12/
8 悔い改めを求めた後、励ましと約束の言葉を与えてくださいました。ここに出て来た「マナ」とは、出エジプトの時荒野で神様が与えて天から下った食料ですが、イエス様はご自分を「天から下って来たパン」と言われました。「隠されているマナを与える」とは、どんな祝福を約束してくださったことになりますか。
・17節, ヨハネ6:41/
・Tコリント1:9/
9 もう一つの祝福は、「白い石」です。囚人たちが競技場で獣と戦う時、総督が白い石を投げれば、囚人は自由になったそうです。したがって、この白い石は真の自由を与えることを意味しています。世の中の人々が聖徒たちを見る時、制約の中に生きでいるように思うのでしょうが、御言葉の中で真の自由を味わうことになります。あなたは、イエス様を信じて本当の自由を与えられた者として、この混乱する社会でどのように生きますか。
・ローマ6:6,ガラテヤ5:13/(参考)
「命の実を刈り取ろう」
主にのみ仕える者にとって、迫害や困難よりも人間的な誘惑の方が危険で恐ろしく致命的であることを学びました。誘惑を受けて罪の奴隷にならないように、祈りと御言葉で霊的に目を覚まして自由人として生きることを願います。学びを通して与えられた気付きと適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。
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