小グループで聖書を学ぶ
5 死に至るまで忠実でありなさい(黙示録2:8〜11)
「心の門を開いて」
明治元年に浦上で捕らえられたキリシタンが津和野に移され迫害を受けました。水攻めや三尺牢という拷問を受けても耐えました。現代のクリスチャンも、昔のような迫害はないものの、試練や問題によって悩み、苦しみ、信仰が揺さぶられることがあります。初代教会のクリスチャンが受けた迫害から大切なことを学びます。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 小アジアの七つの教会の二つ目の教会は、スミルナの教会です。スミルナはエーゲ海に面した町で、現在もイズミールという大きな港町となっています。位置を地図で確かめてみましょう。紀元70年のエルサレム陥落後、この地に多くのユダヤ人が住むようになりました。どのような迫害を受けて、どのようになっていた教会ですか。
・9節/
2 苦難の中に生きる聖徒たちは、「本当に主が世を統治されておられるのですか」と質問し、問題の連続で苦しむ時に「私の人生に主がともにおられるのだろうか」と疑問を持ち、非難や痛みを受ける時「なぜ私を弁護されないのですか。なぜ苦しみを取り去らないのですか」と叫ぶでしょう。そんな聖徒たちに、イエス様がどのように紹介されていますか。その意味するところから、聖徒たちはどんなことを受けられますか。
・8節, ヨハネ3:16/
・ピリピ2:1/
3 イエス様は、迫害を受けて苦しんでいる聖徒たちに対して、どのようなことを「知っている」と言われましたか。そして、そのように自分のことをイエス様が知っていてくださることで、迫害を受けていた聖徒たちはどんな思いになると想像できますか。あなただったら、どうですか。
・9節/
4 迫害に加担するユダヤ人は、「ユダヤ人だと自称しているが実はサタンの会衆である」と言われています。9節。確かに、サタンは人や出来事を用いて、神の民を苦しめます。誰かから苦しめられると思うとどうなるでしょう。しかし、実はサタンに利用にされているのだと思えば、どのようになりますか。
5 同胞から苦しめられると葛藤するのでしょうが、実はサタンの手先になっていると思うなら、彼らを憎むより、主に拠り頼んで自分の信仰を守ることに心が向くでしょう。10節で迫害について「悪魔は試すため」というのですが、私たちが試練や問題にある時、悪魔に試されているならば、どのように受け止め、どう対処しなければなりませんか。
・10節前半/
・箴言10:12〜13/(参考)
6 私たちが問題や苦しみにあう時、人を憎んだり怒ったりしますか。世の方法を取りますか。それとも、主に拠り頼みますか。御言葉に聞き従いますか。迫害や困難に耐えて、勝利できるか否かが、ここにかかっています。ですから、迫害や苦難の中にある聖徒たちにどうするように命じていますか。
・10節後半/
・Uコリント1:8〜10/
7 イエス様は、死に至るまで忠実であり続ける聖徒たちに対して、二つの祝福を約束されました。一つは、「いのちの冠を与える」ということです。それは、どういう意味ですか。私たちがどう生きるようにということですか。
・10節後半/
・Uテモテ2:5.4:8/
8 古代オリンピックでは、オリーブの枝で編んだ冠が勝利者に与えられました。長い間訓練し、忍耐し、節制して勝利した人が受けました。スミルナの聖徒たちが死に至るまで忠実だった結果、驚くべきことに、今日もトルコの大都市スミルナには、殉教者ポリカルポスの名をとった記念教会が存在しています。もう一つ、「勝利を得る者」に約束されていることは何ですか。それを知って思うことは何ですか。
・11節/
・黙示録20:14/
9 第二の死によって害を受けることはないとは、地上にある肉の体が死ぬことがあっても、これが第一の死ですが、死後裁きにあってたましいが滅びることはないという約束です。信じる者に約束された新しい命は、天国へ続く命であるという祝福です。勝利の冠とこの命を与えられているあなたは、どのように地上の生涯を歩もうとしますか。
「命の実を刈り取ろう」
問題や苦難は、信仰をより純粋にさせる機会となります。スミルナの聖徒たちが元々特別だったからではありません。迫害や苦しみを受けて信仰が試され、主に拠り頼み、苦しみの中で御言葉を握って耐え忍び、勝利することができました。私たちも、死に至るまで主に忠実でありたいと切に願います。学びを通して与えられた気付きや決心を分かち合い、互いにために祈りましょう。10節後半。
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