小グループで聖書を学ぶ

8 目を覚ましなさい(黙示録3:1〜6)

「心の門を開いて」

 迫害や患難があると、聖徒たちは神様に拠り頼み、御言葉を握って耐え忍び、堅く信仰に生きるようになります。一方、迫害や患難がなく、平安に繁栄して生きられるようになると、信仰はどうなる可能性があるのでしょうか。今日のサルディスにある教会への手紙から学びます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 小アジアの教会の四つ目は、サルディスにある教会です。1節前半。サルディスは、アッシリア帝国滅亡後の四王国の一つリディア王国の首都でした。毛織物産業と金の産出で有名でした。世界で始めて金貨を作り、流通させた国です。トモロス山の崖の上に築かれた難攻不落の都市でした。サルディスは、厳しい迫害はありませんが、平和と繁栄が迫害よりも問題を引き起こしていました。そのために、どのように叱責されていますか。
・1節/


2 「生きているとは名ばかりで」とは、一応周りから生きている教会と呼ばれていたのでしょう。暗くて人がいない教会というのではなく、むしろ繁栄した教会、成長した教会、有名な教会だということです。制度や組織も整い、礼拝も良く洗練されているような教会です。それなのに、「実は死んでいる」と指摘されています。参考箇所の例を見てみましょう。それぞれの人たちは、どんな様子ですか。
・イザヤ29:13/
・マタイ23:3,25,28/

3 サルディス教会には、迫害もなく、他の教会のようなニコライ派のような異端やバラム事件のような誘惑、悪女イゼベルのような惑わしもありませんでした。平和と裕福な町にあったこの教会が、どうして死んでいるような教会と言われたと思いますか。思うところ分かち合ってみましょう。
・Uテモテ4:10 /(参考)
・Tヨハネ2:15〜16/(参考)

4 サルディスの教会は、いつのまにか福音よりも富や建物、歴史や名声を誇るようになり、救いの恵みより自分たちの力や知恵を頼むようになったようです。死んだようになっているサルディス教会が生き返るためには、どうすればいいのでしょうか。どんなことが勧められていますか。
・2〜3節/

5 2〜3節には、二度も「目を覚ましなさい」と言っています。それは、「目を覚まして警戒している」という意味です。目を覚まして「どのように受け、聞いたのかを思い起こす」ことを勧めています。「受け、聞いたこと」とは何ですか。それを思い起こすとどうなりますか。
・ルカ24:7/
・Uコリント5:15/

6 御言葉を聞いたら「それを守る」ことが必要です。御言葉を聞くに留まらず、実行しなさいという勧めです。2節の「あなたの行いがわたしの神の御前に完了したとは見ていない」ことから、この教会の問題は「行いがなかった」ということだと分かります。つまり、御言葉に生きていない、地の塩世の光としての役割を果たしていなかったということです。行いと信仰の関係について、聖書はどう教えていますか。あなたは何を感じますか。
・ヤコブ2:17,22/


7 「悔い改める」という原語は、「越えて、考える」という言葉が合わさってできており、心や気持ちの変化を意味します。心からの後悔や反省、行動を変えて神の御心に従うという決意が含まれています。悔い改めれば、希望があります。回復する機会があります。命のある聖徒には、どんな祝福が約束されていますか。
・4〜5節/


8 毛織物産業が盛んだったサルディスの聖徒たちにはよく分かるように、死んだようだと叱責される中にも「その衣を汚さなかった者たちかいる」と宣言されています。白い衣とは誰が着るものですか。その衣はどのようにして白くされたのですか。
・黙示録7:14/
・ヘブル13:12/

9 悔い改めた者は、この白い衣を着せていただけます。彼らの名は神の命の書に記されます。イエス様を信じて真実に御言葉に生きる者たちは、やがて御国において白い服を着て、主が天使たちの前で命の書に記された私たちの名を呼び、認めてくださる栄光を受けるという祝福を与えられます。あなたはこれを知ってどう思い、どう生きようとしますか。
・5節/

「命の実を刈り取ろう」

 サルディス教会のように、わずかであっても、真実に御言葉に生きる者たちがいることは、とても重要な問題です。真実に御言葉に生きる聖徒がいる教会も、真に御言葉生きる教会となって行きます。聖徒たちが置かれているところも、人々が救われて生きるようになります。まず、私たちが新たに目を覚ますようにと祈ります。学びを通して与えられた気付きと決心を分かち合い、互いのために祈りましょう。Uコリント5:15。

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