小グループで聖書を学ぶ
3 敗北から勝利へ(詩篇60:1〜12)
「心の門を開いて」
平安時代には、大きな地震が続き、その被害も甚大でした。地震は、その時代の人々にとってはただの自然現象ではなくて、政治的、社会的不安定の象徴となり、様々な精神的行動へ人々を走らせました。今日の箇所にも詩人の精神的不安定の象徴として地震が例えられています。その不安定からどのように脱却したのでしょうか。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 詩篇60篇の表題には、エドムに勝利した時と記されていますが、詩篇60篇の内容は、その前にエドムに負けた時のことが記されています。ダビデが北のメソポタミヤのアラムと戦っていた時、南からエドムがイスラエルに侵入して来て、予想外の敗北を喫したようです。予期せぬ敗北でショックを受けたダビデは、その原因について何と言っていますか。
・1〜3節/
2 どうして負けたのか。何のせいだ。何が間違っていたのか。ダビデはショックの中で考えました。そして、「神様が怒られ、イスラエルを拒み、捨てられたのだ」と感じたのです。つまり、誰かのせい、何かのせいではなく、自分の誤りのせいだと認めたのです。その理由は記されていませんが、負け知らずのダビデが北に外征をしている時、本拠地である南のユダにエドムが侵入したことから考えられる理由を挙げてみて下さい。
・Tサムエル12:9/(参考)
3 ダビデは勝利を重ねて自信過剰になっていた、神様を忘れて自分の力に頼っていた、新領地に夢中になり南の地域を疎かにしていたのかもしれません。私たちも、ダビデのような境地になることがあるでしょう。どんなことでダビデのような思いを感じましたか。
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4 ショックで揺れ動く様が地震や酔っている人に例えられていました。人は、予想外の出来事に遭遇したり、突然のショックに襲われたりすると混乱して、心が揺れ動き、ふらつきます。思いや行動も不安定になるものです。しかし、ダビデはそのままではありませんでした。嘆きの中で、神様に何と訴えていますか。
・1〜2節/
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5 敗北したイスラエルの民は失望して右往左往していますが、ダビデは、神様の助けを求めて、祈りました。どんなことを確認して、お願いしていますか。旗とは、軍隊にとってどういうことを意味すると思いますか。
・4〜5節/
・イザヤ11:12,民数2:17/
6 自分の間違いに気付いたダビデは、悔い改めて謙虚に神様の指揮に従うことを表明し、神様の助けを望みました。それに対して、神様が答えてくださいました。その内相は、イスラエル全土や周りの国々の地名が挙げられています。なせ、そうしておられるのですか。何の意味があるのでしょうか。
・6〜8節/
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7 こうして、具体的に都市の名前を挙げているのは、失ったイスラエルの土地を再び所有し、周りの国々を征服させると神様が約束しておられたということを確信させるためです。この神の約束を聞いたダビデは、自分が自分のという考えをやめて、どのようなことをお願いしていますか。一見疑問文のようですが、強い要請です。
・9〜10節/
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8 ダビデは、神の指揮権を反語的に強調し、主の指揮権を強く要請しています。敗北したことによって神様が共におられなかったことに気付いたダビデは、神様に出陣を願いました。あなたの活動の指揮権は誰にありますか。神様が共におられますか。神様を忘れて、徒手空拳(としゅくうけん)していませんか。仕事や人間関係に神様と共に取り組むということを忘れて、自分の思いで突き進んでいないでしょうか。
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9 結局、神様の御力で勝利するようになります。最終的にエドムを打って完全に勝利し、エドムに守備隊を置いて支配することになります。ダビデは、はじめ予想もしない敗戦を経験して揺れ動き、痛みを経験しました。しかし、自分のせいであることを認め、慈愛の神様に拠り頼み、神様と共に戦い、勝利しました。このダビデの姿から学んで、あなたは、どのように生きようとしますか。
・11〜12節,/
・Uサムエル8:13〜14/
「命の実を刈り取ろう」
私たちも、時には神が一緒におられないような苦い敗北を経験して、地震のように心が揺れ動くでしょう。その時立ち止まって、何のせいなのか、何が間違っていたのかと省みましょう。悔い改めて、主に拠り頼み、主が働いてくださるよう要請します。学びを通して受けた適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。
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