小グループで聖書を学ぶ

4(詩篇61:1〜8)

「心の門を開いて」

 人生を歩みながら、苦しい経験をしたことがないという人はいないでしょう。困難なことは避けて、簡単な道を歩もうと知恵を働かせても、大変な目にも遭うでしょう。詩篇に登場するタビデ王も、数々の困難や事件に遭うことが多い人生でした。時には、心が衰え果てるほど苦しい経験もしました。どのように受け止め、乗り越えたのでしょうか。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 詩篇61篇は、ダビデの息子アブサロムの謀反によって、ダビデが家来たちともに逃げ出した時の詩篇だと言われています。アブサロムの謀反とは、どんなことか調べてみましょう。
・Uサムエル15:10〜14/
・Uサムエル17:24,26/

2 罪を犯して亡命していたアブサロムは赦されて、亡命先から戻りましたが、ハンサムで知恵があったアブサロムは、民の心を盗んで、自分に従う者を多く手に入れて、謀反を起こしました。ダビデは驚き戸惑い、痛み悲しみ、エルサレムから逃げ出し、近くまでアブシサロムの軍隊が迫って来ました。この時のダビデの心境はどうですか。なぜ、そのような状態になったと思いますか。
・2節/
・詩篇143:3〜4/ (参考)

3 人は、悲しみや痛み、不安や恐れ、悩みや苦しみが続くと、心が衰え果てます。体も具合が悪くなってきます。私たちも、家族や職場の問題で、勉強や学校の事で、経済や病気のことに遭遇して、心が衰え果てる経験をすることがあったでしょう。分かち合ってみましょう。



4 ダビデが王となってから久しく、60歳を越えていた頃の出来事です。どんな心境だったか、思うにあまりあるものでした。心が衰え果てるような環境にいるとしても、神様を拠り頼むダビデはどうしましたか。それはどのようなものでしたか。あなたがするものとどう違いますか。
・1〜2節/
・詩篇5:2/

5 ダビデは戦いに強い人でしたが、心が弱くなることもしばしばでした。今愛する息子に謀反を起こされ、逃げている時、心は限りなく衰え果てましたが、神様に叫んで祈りました。神様の答えをキャッチしたダビデは、神様が自分にとってどんなお方なのか、証ししています。例えられている様子から受ける印象は、どうですか。
・3〜4節/


6 人生には問題や苦難があります。痛みや悲しみがない人生などありません。誰でも、苦しみと悲しみ、病気と別れを経験しながら人生を歩んでいきます。信仰も、そうした中で育っていきます。聖徒の苦難は、決して無駄なことではありません。苦しみは、祝福の通路となります。パウロの証しを読んでください。どうしてこのように言えるのでか。
・Uコリント12:10/


7 後半の部分は、祈った後の反応です。私たちは、祈ったことが聞かれたと確信したら、どうしますか。祈って答えられたら、その恵みに応答しようとするのではないでしょうか。ダビデは、何をすることを決心しましたか,
・5,8節/
・/

8 6〜7節は、一見すると、誰か別の王のことを言っているかのように見えます。ダビデは、王としての立場について語り、王としてなすべきことのためにとりなし祈っています。心が衰え果て、もう何をする気力も失われたような状態だったのですが、どのような王として生きて、働くように祈っていますか。
・6〜7節/


9 ダビデは一人の親であると同時に、神様に立てられたイスラエルの王でした。いつまでも心が衰え果てたままではいられなかったことに気付いて、王である自分を励まし、とりなすような祈りをしました。私たちも、イエス様の十字架を信じて救われ、罪赦され、新しい命に生かされている者です。何かのことで心が衰え果てたとしても、救いの恵みを覚えて、どのように生きていこうとしますか。
・Tコリント6:20/

「命の実を刈り取ろう」

 ダビデは、残りの期間をきちんと神様に立てられた王として生きることを決心しました。宗教改革者カルヴァンの生涯を支配したのが、「神の御前に生きる、Coram Deo」という信条でした。救ってくださってもう一度生きる機会を与えてくださったので、残りの生涯を神の御前に生きることにしました。私たちもそのように生きることを願います。導かれた適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。Tコリント6:20。

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