小グループで聖書を学ぶ
5 ただ神を、神こそ(詩篇62:1〜12)
「心の門を開いて」
息子アブサロムの謀反の時、ダビデの心が傷付き、衰えたのは、自分の息子が謀反を起こしたことだけでなく、その時多くの人々が裏切り、敵対したからです。ダビデに仕えていた人々がその謀反に加わっていたからでした。人生を生きていると、他人から反発を受け、裏切られるようなことを経験することがあります。ダビデは、その時どうしたのでしょう。ダビデの詩篇から学びます。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 62編は、アブサロムの謀反の時に作られたと言われています。ただし、焦点は息子アブサロムではなく、謀反に加担した人々です。その時までいつものようにダビデに仕え、忠誠を誓って従っていた人々がこの謀反に加わり、ダビデに反逆しました。その様子を見てみましょう。どのようなことで謀反に加担して、加わっていますか。
・Uサムエル15:2〜6/
・Uサムエル15:10〜12/
2 騙されてアブサロムの支持者になった人や、謀反と知らずに従って来た者、自ら権力を求めて加わって来た者もいました。あっと言う間に民心がアブサロムになびくようになり、ダビデはすぐに逃げなければなりませんでした。家来や民の裏切り、反逆を受けた時のダビデの気持ち、感情はどうですか。あなたが裏切られたり、敵対されたりしたら、どういう気持ちになりますか。
・3〜4節/
・Uサムエル15:30/
3 家来や民の裏切りや反逆が衝撃となり、ダビデは、心が痛み、悲しみました。しかし、ダビデは、怒ったり、憎んだりしていません。前王サウルの一族の者が、逃げるダビデの近くに来て、のろいの言葉を吐き、石を投げつけた時のダビデの反応を読んで、思うところを分かち合ってみましょう。
・Uサムエル16:5〜6,11〜12/
4 この苦しい、悔しい状況の中で、ダビデは驚くほど落ち着いています。私たちは、今日の箇所から、ダビデがそのような状況で落ち着いていることができる秘訣を知ることができます。ダビデの態度はどうですか。神様に対して何と言っていますか。
・1〜2節/
・5〜6節/
5 賛美歌267番「かみはわがやぐら」は宗教改革者ルターの作品です。多くの敵対者に囲まれたルターを支え、宗教改革を進める曲となりました。1,2,4〜6,9節の文頭は「アク」という単語です。意味は「ただ、こそ、実に」などです。人々の裏切りや敵対という悲惨な状況にあっても、ただ神を待ち望み、神こそわがやぐらとする信仰を表しています。このことから、あなたはどんなインパクトを感じますか。
・1,2,4〜6,9節/
6 「ただ神を、神こそ」という信仰告白は、ダビデが人を見るのではなくて、神様だけを見ていることを示しています。自分がどんな状況にいるかではなく、そこでどんな思いでいるかということで事が決定されます。1節と5節を比べて、違いを見つけてください。5節のように表現が変えられたことから、どんなことが考えられますか。
・1,5節/
・詩篇42:5,11/
7 人は自分がどんなことに希望を置くかによって、その人生の目的と態度が決まり、その人の未来が決まります。人の心はいつも確信を持続することは難しいでしょう。ダビデは、民に何と言っていますか。それは、どんなことを勧めていることになりますか。
・8節/
・ルカ18:1/
8 アブサロムに従った人々、敵対して来る者たちはみな、今までダビデに仕え、従っていた者たちです。ダビデの落胆と失意は大きかったのです。神様を信頼しなかったなら、自暴自棄になっていたことでしょう。ですから、ダビデは、どんなことを民に勧めていますか。それは、どういう意味ですか。
・9〜10節/
9 民には、権力や武力、富や人の力に頼るな、むなしい望みをかけるなと勧めています。一時期騙されて、権力や富に惑わされてアブサロムに従った人々が大勢いたからです。最後の11〜12節で、すべての権力や富は、神様のものだと言っています。ダビデのように、自分のすべては神からのものだという認識が必要です。長老教会の教理も、神の主権を強調しています。このことに関して、あなたはどのように応答しますか。
・11〜12節/
「命の実を刈り取ろう」
イエス様の十字架を自分の罪の身代わりと信じた私たちは、救いの恵みと神様の助けを受ける者とされています。私たちは、願いや祈りに応えてくださる神様に栄光を帰して生きる者です。どんな時にも神を信頼して、神を待ち望んで生きる者となることを願います。気付きや適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。詩篇40:1〜2。
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