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6 荒野の信仰(詩篇63:1〜11)

「心の門を開いて」

 荒野の訓練とか荒野の信仰という言葉があります。緑豊かなエジプトから出た神の民は、荒野での生活を通して、主に拠り頼むことを学び、神への信仰が養われました。これは、信仰者にとっても必要なことです。なぜなら、人生にも荒野があるからです。詩篇63篇から荒野の信仰について学びます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 詩篇63篇も、ダビデがアブサロムの謀反の時に作ったと言われています。どのような状況で、どこにおいて、どんな思いになっていたか確認しましょう。
・63篇表題,1節後半/
・Uサムエル15:13〜14,23/

2 息子の謀反と家来の反逆によって衰え果てたダビデの心は、荒野という水のない乾いた地で、体だけでなく、心も渇いていました。王座も王宮も、家来も民も何もかも失ったダビデ、緑も何もない荒野で、悲しみや心の痛み、苦しさやむなしさが身にしみたことでしょう。ダビデは、荒野でどうしましたか。
・1〜2節/


3 ダビデの状況は、私たちにすれば、問題で心が痛み苦しい時に、状況も悪くなるという感じでしょうか。そのような状況は私たちにとって荒野となり、心が渇いてしまいます。そのような荒野で、ダビデはどうして神に切実に神を求め、祈るようになったのでしょうか。荒野にいることを想像して考えてみてください。
・詩篇143:6/(参考)
・詩篇42:1/(参考)

4 荒野だからこそ、神様の圧倒的な存在と力を覚え、切実に祈ることができました。何にも目を奪われない、何もあてにできない中で、神だけに拠り頼んだのです。荒野は孤独な所ですが、神を捜し求めて祈る最適な所です。荒野は何もない危険な所ですが、真の平安は神の中にあることを学びます。荒野での訓練を受けたような経験があれば、分かち合ってください。



5 荒野でダビデは、神を思い起こし、神を思い巡らしました。ダビデは、辛い苦しい状況でも神様を覚えました。神様を思い起こし、御言葉を黙想し、神様と交わるうちに、ダビデの心が変えられてきました。そして、何をするようになりましたか。心は平安を覚え、何をするようになりましたか。
・6節/
・3〜5,7節/

6 ダビデは、神様を思い起こし、神様を思い巡らすうちに、賛美するようになりましたが、なぜそんな荒野でも賛美するようになったのですか。それぞれの節で賛美するようになった理由が記されています。確認しましょう。
・3,5,7節/
・/

7 人は、一時期気持ちの向いた時だけ賛美するかもしれません。でも、荒野で賛美しているダビデは、どうですか。いつどのように賛美すると言っていますか。あなたはどうしていますか。ダビデの賛美の姿勢を学んで、あなたは、どうしようと思いましたか。
・4節/
・詩篇104:33,134:2/

8 ダビデは、神の恵みを覚えて賛美するうちに、勝利を信じる明確な告白をするようになりました。荒野の訓練を通して賛美するようになったダビデは、自分に反逆し、敵対する者たちについて、どのようにされる者だと分かったのですか。敵対して来る者について、どう考えるようになったのですか。その結果、神はどうしてくださるのでか。
・8〜10節,ローマ12:19/
・11節後半/

9 荒野の訓練を通して勝利の確信を与えられたダビデは、「神を喜ぶ」と言っています。ウエストミンスター小教理問答の問1の答えは「神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶこと」ですが、「神の栄光をあらわすこと」は気に留めても、「神を喜ぶこと」はそうでないようです。神を喜ぶということは、神様の愛と恵みの経験がなければ、理解できないからです。イエス様の十字架の御業を覚えるあなたは、人生をどのように歩もうしますか。
・11節前半/
・Tテモテ2:6,ヨハネ3:16/

「命の実を刈り取ろう」

 神様は、私たちにも荒野の信仰を期待されておられます。私たちにもそれぞれの荒野があるでしょう。振り返ってみて、厳しい荒野を通る経験をされましたか。今荒野を歩いておられる方もいらっしゃるでしょう。荒野の信仰は、環境のとらわれないということでした。荒野で神様を覚え、荒野で賛美できるようになります。ダビデのように荒野をよく歩み、荒野の信仰を持つことを願います。学びを通して与えられた気付きや決心を分かち合い、互いのためにいのりましょう。ローマ8:28。

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