小グループで聖書を学ぶ

8 感謝の賛美(詩篇65:1〜13)

「心の門を開いて」

「いただきます」の意味は、食事を作ってくれた人、食材を準備してくれた人、食材を与えてくれた自然に感謝することだと言われています。その意味が訪日外国人に感銘を与えているそうです。私たちクリスチャンも神様に感謝しているでしょうか。感謝について詩篇から学びましょう。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 キリスト教は感謝する信仰です。クリスチャンは感謝する人です。感謝という言葉を多く使います。ダビデは、感謝の詩篇を最も多く残しています。65篇もそうです。感謝の賛美を歌っています。まず、どのような方に感謝していますか。
・1〜2節/


2 当たり前のことのようですが、本当にダビデという人は、神様が自分の祈りを聞いてくださる方と本気で堅く信じていた人です。ですから、どんな時でも、どんなことでも神様に祈りました。そして、神様がその切実な祈りに応えてくださいました。あなたは、どうですか。どのように祈っていますか。聖書は、何と勧めていますか。何を教えていますか。
・Tテサニケ5:18/


3 ある人は、いくら感謝を勧められても、感謝できる材料がなければ感謝できない、不幸や問題ばかりだと言うでしょう。ロビンソン・クルーソーの漂流記の中で「私は自分の境遇の暗い面よりも、明るい面に注意を向けて、私に不足しているものではなくて、私が持っているもののことをもっと考えるようになり、そのために私は言いようがないほどの平安を感じるようになった。我々が感じる不満のすべては、持っているものに対して、感謝の念を抱くことがないことから生じているように、私には思われた」と言っています。この引用を読んで思うところは、何ですか。


4 苦しいこと辛いこと、うまく行かないことは確かに多くあります。祈りはぜんぜん聞かれないと感じることもあります。しかし、良く考えてみれば、神様は多くの祈りを聞いてくださり、よくしてくださったことを思い出すことができます。次にダビデが感謝したことは、何ですか。
・3〜4節/
・詩篇32:1〜2/


5 ダビデは多くの強い敵との戦いに勝利し、イスラエル王国を統一しました。でも、ただ一つ勝てないことがありました。それは、ダビデの内面に生じる罪の思いでした。バテシェバ事件の後、自分が大変な罪人であることを痛感したダビデは、どうしましたか。この告白を呼んで、どんなことを知ることができますか。私たちはどうすべきですか。
・詩篇51:1〜4/
・Tヨハネ1:9/


6 私たちも、イエス様の十字架という犠牲の御業によって救われていることを感謝します。神様は、罪を赦して救ってくださった者をどうしてくださったのでしょうか。教会での礼拝の生活を通して、私たちもどうしていただけるのでしょうか。
・4〜5節/


7 私たちも、教会での礼拝生活を通して、神様から恵みや祝福を受ける者とされていることを感謝します。最後に、自分の人生に恵みを与えてくださった神様に感謝しています。どんなことを通して恵みと祝福を与えてくださったと感謝していますか。
・6〜8節/


8 詩人は、山と海を創造し、統べ治めておられる神様に感謝しています。自然のすべてを感謝し、神様を賛美しています。しかし、感謝をしない人々は、自分の力で働き、自分の努力で人生の実りを得ていると考えます。詩人は、それに対して、神様がどうしてくださるから、実りを得ていると感謝していますか。
・9〜10節/
・申命記28:12/


9 いくら人が一生懸命土地を耕し、種を蒔き働いたとしても、神様が雨を降らせ、作物を生長させてくださらなければ、実りはありません。ですから、仕事ができて、家庭が守られ、世の中が動いて行くのも神様の恵みです。過去一年間の生活を振り返って、神様に感謝できることを見つけ出し、分かち合ってみましょう。
・11〜13節/
・詩篇103:1〜2/


「命の実を刈り取ろう」

感謝は私たちの未来を祝福する恵みです。私たちに才能や力などがあっても、神様の祝福と恵みがあるから実りがもたらされます。悲惨な状態に置かれたように見えても、それでも感謝できる要素があります。生活に良くない問題が時々発生しますが、そのような状況の中でも感謝することはあるでしょう。すべてのことに感謝して生きる人生となることを願います。適用や気付きを分かち合い、互いに祈りましょう。Tテサロニケ5:18。

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