小グループで聖書を学ぶ

10 祝福が私たちから人々へ(詩篇67:1〜7)

「心の門を開いて」

 人は誰でも、祝福を求めます。クリスチャンなら祝福されることを願い、またとりなし祈ります。辛い状況や苦しい環境であれば、なおのこと神様に祝福してくださるように願います。今日の詩篇67篇は、神様の祝福の奥にある深い意味を教えてくれます。神様の祝福の目的を学ぶことにします。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 詩篇67篇の始まりは、祝福を求める祈りです。これは、民数記6:24〜26に出て来る大祭司の祈りから来ています。比べてながら、1節で教えられていることを確認しましょう。ただ、人称が違いますが、それは、何をあらわしていますか。
・1節/
・民数記6:24〜26/

2 詩人が祝福を求めています。私たちも神様に祝福を祈り、御顔の輝きで私たちを照らしてくださるように求めなければなりません。神様は私たちを祝福したいと願っておられるからです。祝福をいただいているのに、祝福を当然のように思い、祝福を受けているのに気付かないことがあります。さらには不足だと文句を言う人もいます。私たちはどうですか。日頃祝福を求めて、祈っていますか。感謝していますか。
・詩篇103:1〜3/
・/

3 祝福をいただいている私たちは、神様に感謝して、賛美しなければなりません。私たちが持っている物、与えられているものはみな、神様の祝福だからです。神の民は自分たちを祝福してくださいと祈るのですが、そのように祈った根本的な理由はなんでしょうか。
・2節/
・Tテモテ2:4/

4 祝福を祈るのは、自分たちの繁栄のためだけでなく、神様の救いの計画が諸国の人々に知られるようになるためでした。すべての国々の人々が救いと祝福を知ったなら、詩人は、その人々がどうするようにと祈っていますか。あなたの周りの人々がそうなったら、どんな気持ちになりますか。想像してみてください。
・3〜5節/
・/

5 神様の救いの祝福を受けた諸国の人々が、賛美にあふれる人生を生きるようになります。詩人は、自分の祝福だけではなく、人々が祝福を受けて救われ、賛美するように繰り返し祈っています。どうすれば、神様を知らない人々に神様の救いを知らせ、救いの祝福を受けることができのでしょうか。1〜2節の順序から考えてください。そのために、救われた私たちはどのような生活をするべきなのですか。
・1〜2節/
・マタイ5:13〜16節/(参考)

6 宣教、伝道というと、何か熱心さや伝える業のことを考えるかもしれませんが、神様に祝福された人を通して、他の人々も祝福を受け、救いに導かれるのです。これが、神様の宣教の計画です。聖徒たちが神様の祝福を受け、霊的に整えられ、神様を喜び賛美し、感謝するようになり、それを通して救いをすべての人々に広げたいというのが神様の目的です。アブラハムの祝福を読んで、感想を分かち合ってみましょう。
・創世記12:1〜3/


7 神様は、アブラハムを祝福してくださいました。それによって、すべての民族が祝福されるようになります。ですから、わたしたちは、伝道を願うなら、自分の祝福を通して、家族や周りの人が神様の祝福を受けるように祈ります。私たちが祝福を受けるのは、たましいの救いことだけですか。体や生活などのことは放っておかれるのですか。
・6節/
・申命記28:8/

8 イスラエルの民は、毎年ペンテコステの日、春の収穫祭の時に、この詩篇を賛美していたそうです。神様の祝福によって収穫できた恵みを思い出し、感謝したのです。私たちが神様の計画に従う時、神様は祝福し、恵みを与えてくださいます。そのような祝福を味わったのなら、どうするようになりますか。
・7節/
・使徒1:8/

9 神様がご自分の民を祝福してくださると、「地の果て」つまり神様を知らなかった人々が神様を知って、救われるようになるというのです。神様の祝福を受けた者が、地の果てまで証人となります。そのために、私たちは、家族や周りの人々への祝福の通路、神様の救いを知らせ、伝える者になります。このことを知ってあなたはどうすることを考え、決心しましたか。
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「命の実を刈り取ろう」

 祝福の通路となるためには、まず、私たちが神様の祝福を受けることです。私たちが祝福を受ければ、神様の祝福の通路となることができます。神様の祝福を求めて祈り、祝福を受けてください。そして、私たち一人ひとりが神様の祝福の通路となることを願います。学びを通して与えられた気付きや適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。詩篇67:1〜3。

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