小グループで聖書を学ぶ
12(詩篇69:1〜35)
「心の門を開いて」
ある詩人は「詩は感じられる思想であり、感覚による認識である」と言っています。作者の深い感情が表現され、読者もそれに共感します。詩は、心理療法にも用いられ、詩を読むことにはメンタルへの効果があるそうです。詩篇69篇は、詩人の苦しみや悲しみ、痛みの感情が多く記されています。読む者の深い感情に触れてくれます。この詩篇がメシヤ詩篇と呼ばれるのは、この詩人の体験がそのままイエス様の体験となっているからです。この詩篇からカウンセリングや治療を受けることを願います。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 詩篇を読むと、私たちはその中に自分の感情を見ることができます。そして感情的な反応が起こります。感情は、神様との関係の一部です。この詩篇は苦しみや痛みから生まれ、今苦しみ痛んでいる人に語りかけています。この詩篇の作者は、どんな感情の中にありましたか。
・1〜3節/
2 詩人が今受けている苦しみが危機的絶望状態に陥っていることが表現されています。そして、絶望の中で神様を呼び求め、疲れ果てています。詩人がこのような苦しみにあった理由は何ですか。その一つとして、どんなことに気付いて、語っていますか。
・4節/
・5〜6節/
3 詩人は、人々から敵対され、憎しみを受けました。それも、そのある部分は自分のせいでなく、間違って憎しみを受けていたのです。理由もなく憎まれれば、耐え難いものです。それでも、詩人は。自分の愚かさや罪をわきまえています。さらに、詩人が人々から受けたことでたましいが傷付き、苦しめられたことは、何ですか。イエス様は、このような時どうでしたか。イエス様の対応はどうですか。
・7, 10〜12節/
・ルカ23:11, Tペテロ2:23/
4 ののしりや侮辱、嘲りから生じるのは、恥辱の感情です。恥辱の感情を放っておくと、他人に向かえば責めや怒りの感情となり、自分に向かえば不安やよくうつ、絶望の感情となります。恥辱を長く経験すると、脳にも影響を及ぼして自己否定や不安、依存症などの障害を引き起こし、精神的な疾患につながることもあるそうです。詩人は、そのような絶望や恥に加えて、何を感じましたか。この点について、イエス様はどうでしたか。
・8〜12節/
・マタイ26:56/
5 苦難と絶望、恥辱や孤独の中で心痛め、傷付いていた詩人はどうしましたか。この転換が大事です。あなたは、どんなことで不の感情から抜け出し、転換できましたか。
・13〜19節/
・詩篇40:1〜2,73:17/(参考)
6 13節では、苦難と絶望、恥辱や孤独の中でも神様に拠り頼んで祈ると強調しています。そして、神様が私たちの祈りに答えてくださるのは、義務ではなくて、恵みだというのです。義務だと思うと、感謝ではなくて、不平と恨みに終わることになるでしょう。私たちは、苦難や問題の中で、自分はどういう存在かを問わなければなりませんか。
・14,18節/
・イザヤ43:4,ヨハネ3:16/
7 29節には、訳されていませんが文頭に「しかし」があります。「しかし、私は苦しんで、痛みの中にいます」と言っているのです。つまり、祈っても、苦しみや痛みは残りますが、慈愛に満ちた神様、天地の造り主である神様が私を救ってくださると確信しているというのです。このことは、苦しみの中で証ししているパウロの信仰と同じです。引用箇所も読んで、この詩人とパウロの信仰について感じたこを分かち合ってみましょう。
・29節/
・Uコリント12:9〜10/
8 詩人やパウロのように苦難や弱さの中で神様を信頼して行けば、今はそうでなくても、神様の恵みや癒しがあるという真理が証しされています。この信仰に立てた詩人は、最後に何をしていますか。
・30〜36節/
・詩篇40:3/(参考)
9 苦難と絶望、恥辱や孤独について祈ったら、賛美で終わることができました。32節では、「神を求める者たちよ、あなたがたの心を生かせ」と言っています。圧倒的な感情の渦の中でも、詩人は神様の慈愛と救いを確信して、自分を生かしてくださる神様に寄り頼んでいます。人生において受けるストレスや心の痛みの中にあって、あなたはどのように生きていきますか。
「命の実を刈り取ろう」
詩篇は、神の民が集まって礼拝し、信仰を告白して、賛美した礼拝の歌です。そこには人の感情についての詩があります。詩篇69篇は、苦しみ、恥を受けた詩人の感情が豊かに表現されていました。その中に私たちの感情を発見することができます。そのような感情の詩を歌う中で、賛美する者の感情も取り扱われ、癒しや励まし、希望や喜びが与えられます。受けた適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。詩篇40:1〜3。
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