小グループで聖書を学ぶ

16 内なる思いが突き刺され(詩篇73:1〜28)

「心の門を開いて」

 義憤に駆られたり、義憤を抱いたりすることはないでしょうか。義憤とは、道理に反する行為や不公平に対して怒りや憤りを表す言葉です。権力者が不正をしていることに憤慨することがあるでしょう。今日の詩篇の作者も、悪者が栄えているのを見て憤慨し、悩んでいます。詩人の姿から大切なことを学びます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 この詩篇の作者は、アサフと表題にあります。アサフとは、ダビデが契約の箱をエルサレムに移した時に音楽隊の指揮者に選ばれました。今日的に言えば、聖歌隊の指導者です。ソロモンが神殿を建てた時も神殿に仕えました。神様に最も近いところで神様に仕える栄光を得たのです。それだけに、どんなことで憤慨し、悩んでいたのですか。
・1〜5節/

2 神を信じている人々は、正しく生きていれば神様の祝福を受けるが、悪者は罰を受けると考えていました。ところが、世の中はそうではないのです。詩人は、信仰で正しく生きる者が労苦し、悪しき者が栄えるのを見ました。私たちも、義憤を覚えたことがあるでしょう。詩人が憤慨し、悩んでいる理由は、何ですか。その理由について考え、感じたことを分かち合ってみましょう。
・3節/
・詩篇37:1箴言23:17/ (参考)

3 詩人は、悪者の繁栄を見て、悪者の繁栄がうらやましい、よく見えて、自分もそうなりたいと思ったのです。きっと、自分も世の中で頑張っていれば出世できたはず、ただそういう道には行かなかった。そんな行かなかった道への未練が、詩人の中に残っていたのでしょう。あなたにも、このような思いが生じたことはないですか。悪い人々の繁栄を妬んだり、羨ましいと思ったことがありませんか。



4 悪者たちの姿を見ながら、詩人の信仰は揺さぶられ、試みを受けました。詩人の心は、複雑に乱れています。憤慨と妬み、怒りと空しさが入り混じって、心は痛みました。そのために、どのようになりかけたと言っていますか。あなたにも、そのようなことがなかったでしょうか。考えに留まることなく、実際に言動に及び、失敗したことがありましたか。
・13〜15節/


5 懸命な詩人の姿は、私たちに不用意な不信仰の呟きや怒りの感情をぶちまけることがどんな影響を及ぼすかということをよく教えています。試みの中でも懸命に神様に心を向け続ける詩人の姿があります。それゆえ、葛藤し、悩み、苦しんだ詩人は、ついに転換点を迎えました。それは、何ですか。どうしてそれを悟ることができたのですか。
・16〜17節/


6 聖所に入ったというのは、礼拝者として神様の御前に立ったということです。試みにあっていた詩人は、神様を礼拝し、祈って、悟ることができました。霊的に目が開かれたら、悪者がどのように見えたのですか。
・18〜20節/
・/

7 これまで、詩人は信仰者の価値観が揺れ動いていたのですが、今聖所で悟ったことは、この世でうまく生きることではなくて、神様の御言葉で生きることが大切だということです。神の御前に謙遜になった詩人は、悪者の姿が見えて来ただけでなく、自分の姿も見えて来ました。それはどんな姿ですか。私たち自身にも、思い当たることはありませんか。
・21〜22節/

8 私たちの憤慨したり、妬んだりして揺さぶられている姿は、きっと愚かで考えもなく、獣のようなのでしょう。それに気付けば、恥ずかしい限りです。私たちは、御言葉を通して自分の言動を見ることが大切です。詩人は、自分に対して神様がどんなことをしておられたか分かったと言っています。それは何ですか。
・23〜24節/

9 私たちも、礼拝をささげ、御言葉を聞く度に、私たちを守り、諭し、導いてくださる神様の恵みを体験したいと願います。神様の恵みを確認した詩人は、どんな信仰を告白するようになりましたか。ゆっくり読んで、内容を味わい、印象を分かち合いましょう。
・25〜27節/

「命の実を刈り取ろう」

 詩人は、天地の造り主である神様以外に望むものはないと告白しています。他に何もなくても、神様が共にいてくだされば、いいというのです。最後の28節は、有名な信仰告白です。「みそばにいること」という言葉は、特に神との親密な関係や交わりといった概念を表しています。神との親密な関係や交わりをしていれば、惑わされることなく、幸せに信仰に生きることができます。日々神様のみそばにいて、御言葉通り生きることで幸せな人生となることを願います。気付きや適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。詩篇73:28。

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