小グループで聖書を学ぶ
18 ある者を低くし、ある者を高くする(詩篇75:1〜10)
「心の門を開いて」
人は誰でも認められ、評価されたいものです。しかし、間違った思いが心を痛め、怒りを生じさせます。今日の詩篇ではそのことを扱っていますが、感謝で始まっています。どうして感謝しているのでしょうか。どんなことについて感謝しているのでしょうか。中々感謝する発想のないことから、感謝することを学びます。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 75編の冒頭で、詩人は「私たちはあなたに感謝します。神よ、私たちは感謝します」と繰り返し、感謝が強調されています。イエス様を信じて救われた私たちは、人生を通して感謝しなければならない存在です。感謝は、クリスチャンの特権と言ってよいでしょう。詩人には、感謝する理由がありました。その一つは何ですか。それは、どういうことですか。
・1節前半/
・申命記4:7/
2 詩人には、感謝する前に葛藤や悩みがあったようです。誇る者、悪者、横柄な者が社会で出世し、認められている。それなのに、自分は評価されていない、働きも認められていない、低く見られていると思い、心傷付き、悩んでいたようです。神様が遠く離れているように感じていたようです。私たちも、そのように思い、感じたことはなかったでしょうか。どんなことでそのように思い、感じたのですか。
3 奢り高ぶる者と比べては、自分は認められていない、低く見られていると思い、心が傷付き、悩んでいた詩人は、神様がどういう方であることを知って、感謝するようになったのですか。
・1節後半〜3節/
4 絶対的な神様の主権の前には、世で認められ奢り高ぶる者は、実は揺らぐ者であり、評価されず低く見られている神の民は、実は神様によって堅く立てられていることが分かりました。次に、詩人はどういうことが分かったて、感謝しましたか。
・4〜5節/
5 詩人は、神様が奢り高ぶる者を戒めておられることが分かって、感謝するようになりました。詩人の心を騒がし、惑わしていた者の姿がここに表されています。「角を高く上げる」とは、牡鹿が自分の力を誇示する時角を高く上げるように、奢り高ぶる者のようすを表しています。イエス様は、律法学者やパリサイ人の姿について言われておられますが、その特徴は何ですか。イエス様が注意しておられるのは、どのようなことですか。
・マタイ23:2,5〜7/
・マタイ23:3/
6 奢り高ぶる者は、富や権力を見せつけ、横柄な態度で語ることによって、自分を高く評価させようとしました。このような愚か者の姿を他人事と見てばかりはいられません。人は誰でも、認められたい、高く評価されたいと望んでいるからです。誇るな、角を高く上げるな、横柄な態度で語るなと言うのですが、これを聞いているのは、神の民です。私たちにも、思い当たることがありませんか。
7 人々は自分を高くするのが好きですが、自分を高くしようとしても、高くなれるわけではありません。このことについて、何と教えていますか。これについて、あなたが思うこと、考えることは何ですか。
・6〜7節/
8 結局詩人は、奢り高ぶる者や悪者がどのようにされるのか、謙遜な者や正しい者はどうされるのかを知って感謝するようになったのですか。
・8,10節/
・詩篇3:3/
9 詩人の心にひっかかり、悩んでいたことは、悪しき者たちが高く見え、自分が低く見えたことでした。奢り高ぶる者が世で評価され、自分は認めてもらえないという思いでした。絶対的主権を持っておられる神様は、奢り高ぶる者を低くし、謙遜に神様に聞き従う者を高くされます。この守りと導きの恵みを受けた者はどうするようになりますか。あなたは、どのように応答しますか。
・9節/
・マタイ23:11〜12/(参考)
「命の実を刈り取ろう」
誤った価値観と欲望が人々の心を苦しめている現代社会にあって、人々は他人に認められることや人々の評価を求め、振り回されて痛み、苦しんでいます。神様が人を低くされ、高くされる真理を知った私たちは、それを伝えなければなりません。人が高くされ低くされるのは、神の御手にあります。奢り高ぶる人々の中にあっても 謙遜に生きて、主が高くしてくださる恵みを受けて感謝する人となることを願います。学びを通して与えられた気付きや適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。マタイ23:12。
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