小グループで聖書を学ぶ
20 思い巡らし、静かに考える(詩篇77:1〜20)
「心の門を開いて」
現代社会は、競走社会、ストレス社会と呼ばれ、忙しさや情報の過多、人間関係や仕事の圧迫、むなしさや孤独感などで心が病み、うつになることがあります。意識しないうつを含めるなら、誰でもうつ状態になると言われています。今日の詩篇の詩人も悩み苦しんで、うつ状態にあったようです。どのように快復したのでしょうか。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 詩人の悩み苦しみについて、いつ何によって悩み苦しんだのか、分かっていません。とにかく詩人は神に祈りました。この祈りから、詩人がどんな状態であったと分かりますか。
・1〜4節/
・箴言15:13 /
2 私たちも、大きな挫折を経験したり、喪失の悲しみに沈んだり、憂いを感じたりすることがあるでしょう。そんな時、聖徒たちは祈って神に期待します。でも、すぐさま期待通り状況が変わるわけではありません。神は聞いてくれないと思ったり、不安になり、祈りをやめ、他の手段に頼ったりするようになることがあります。しかし、詩人はどうしていますか。
・3節/
・6節/
3 3節の「思いを潜めて」と訳された原語シアハは、瞑想する、熟考するという意味の言葉です。6節の「語り合い」もシアハで、同じ意味です。詩人は、しばし休んで、思い巡らし、静かに考えたのです。「セラ」という言葉は、諸説ありますが、休止という意味があると言われています。詩人は休んで思い巡らし、黙想してみました。どんなことを思い起こすようになりましたか。
・5〜6節/
4 私たちも、心配になったり、不安になったりしますが、そんな時しばし立ち止まって、休んで、静かに考えてみましょう。神について黙想し、思い巡らし、熟考した詩人の心にどんな思いが生じて来たのでしょう。自問自答するような文体ですが、それぞれ、どのような答えを自答したと想像できますか。あなたの言葉で答えてみてください。
・7〜9節/
5 私たちにも、試練や苦難があります。その時、しばし、セラ、休んで考えてみましょう。神の恵みを受けなかったのか。神が自分を忘れたことがあったのか。いいえ、そうではなかった。苦しい時、不安や恐れを感じる時、しばし、休んで思い巡らし、考えてみることが必要です。その時、詩人はどうするようになりましたか。
・11〜12節/
6 7〜9節の表現は、詩人の心に浮かんで来た思いを連ねています。このように心に浮かんだ疑念や葛藤を言い表すことが必要です。うつ状態で、乱れている自分の思いが整理され、神に申し上げることで心に変化が訪れます。心理療法では、自分の感情や思考を整理し、書き出すことをします。自分を客観的に見直すための有効な手段となります。日記やメモ書きのように自分の苦しい思いや憂いの状態を書いたり、祈ってみたことがありますか。その時、どんなことに気付きましたか。
・詩篇140:6/(参考)
・詩篇54:2/(参考)
7 詩人は、神のなさったすべてのことを思い巡らし、そのみわざを、静かに考えました。12節の「静かに考えました」と訳された原語も、シアハ、瞑想する、熟考するという意味の言葉です。そして、詩人は自分の乱れた思いが整理されました。神様についてどのように言っていますか。それは、神について、どうしていることになりますか。
・12〜15節/
・詩篇40:3,96:4/
8 神の民を不安にするのは、環境のせいではありません。心が神に向いていないからです。うつからの解放は、心の向きを変えることです。試練の環境ばかり見ているのでなく、詩人は神様に心を向けました。どんな神が見えてきましたか。それは、自分についてどう考えることができるのですか。
・16〜20節/
・詩篇119:41, ローマ8:35,38〜39/
9 神様が私たちをどのような方法で贖ってくださったか、思い巡らし、静かに黙想しましょう。賛美が病んだ心、痛んだ心を癒してくれます。主が臨在される礼拝は、心を癒し、整え、繕ってくれる所となります。私たちが問題で悩み、悲しむ時、不安や痛みで落ち込む時、どのようにして生きていきますか。
・エペソ1:7,ローマ3:24/
「命の実を刈り取ろう」
13節以下に記された神賛美は、1〜4節の詩人とは別人のようです。悩み苦しみ、不安の中から祈り、思い巡らして、静かに考えるうちに、思いが大きく変えられて、神への確信が生じ、神を賛美するようになりました。憂いや挫折、失敗や病気、転職や転校などで、しばし立ち止まり、休まなければならない時があります。それも、思い巡らし、静かに考える休止となります。気付きや適用を分かち合い、祈りましょう。イザヤ61:3。
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