小グループで聖書を学ぶ

1 はじめに神が天と地を創造された(創世記1:1〜5)

「心の門を開いて」

 「自分の存在って何なのだろう。人生とは、社会とは何なのか。自然とは、宇宙とはどうなっているのか。その始まりはどうなのか」と考えたことがあると思います。そうした人生の根本的な問題について、創世記は答えてくれます。神による創造のはじめについて学びます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 聖書を開くと最初に出て来るのが、「はじめに神が天と地を創造された」という一節です。私たちの魂に響く宣言です。「はじめに」の原語「ベレシート」とは、始まりとか起源という意味です。そこから、創世記と呼ばれるようになりました。「創造する」「バラ」とは、無から有を作り出す意味があり、神にのみ使われる動詞です。この一節を読んで感じるところ何でも、分かち合ってみましょう。
・1節/
・イザヤ40:26 /(参考)

2 進化論が真理であるかのように教えられていますが、実際は科学的仮説であり、思想です。科学的な法則でもありません。聖書は、創造の過程や方法を科学的に説明をしたものではなく、天地万物はどうして生じたのか、その存在と目的は何かを教えています。私たちは、決して偶然の所産ではありません。神の創造を信じることは、自分の存在とその目的を神との関係の中で見ることができます。自分をどのように見るようになりますか。
・エペソ2:10/(参考)
・イザヤ43:4/ (参考)

3 神によって創造される前はどうなっていたのかという疑問が出てくるでしょう。2節で、「茫漠」とは混沌、「何もなく」とは空虚という意味であり、「大水」と訳された言葉は、深み、深淵という意味です。創造される前は、混沌と空虚であり、暗闇と深淵に覆われていました。混沌、空虚、闇、深淵とう言葉からどんなイメージが生じて来ますか。
・2節/


4 混沌、空虚、闇、深淵という言葉はみな、人生の困難な状況をあらわすために用いられる言葉です。混乱して人生の意味を失ったまま、抜け殻のような状態、まったく希望のない暗い現実、進むべき道が見えず、未来への見通しが持てない状態ということです。一般的に、人がそんな状況に陥ったら、どんな思いになりますか。


5 混沌、空虚、闇、深みという神の創造が始まる時の状況は、私たちの生活を取り巻く状況と無関係ではありません。私たちも、人生においてそのような状況に直面し、追い込まれることがあるかもしれません。しかし、私たちは、そのような時どんな思いを持つことができますか。それはなぜですか。
・ヘブル10:23,ローマ5:5/
・2節後半,イザヤ45:18/

6 神は、創造以前の混沌、空虚、闇、深淵を、どういうことで解決されました。ここで注目すべきことは、何によって創造されたかいうことです。29節まで10回も繰り返し、強調されています。神はどうされることで、それらを創造されたのですか。
・3節/


7 「神は仰せられた」と言葉によって光を造られた神は、光と闇を分けられ、光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられました。闇は悲しみと絶望と辛さを連想し、悪いものと考えるようですが、闇さえ創造の秩序の中にあるということはどういうことなのでしょうか。「夕があり、朝があった」と表現されるように、夜と昼を分けた神の御心を思うならば、私たちは、夜や昼、一日の過ごし方をどう考えるようになるのでしょうか。
・4〜5節/
・詩篇84:10/(参考)

8 人は、人生の意義を見失い、迷っています。人間の存在に意味と意義を与える創造主なる神に背を向けているからです。創造主なる神を覚えることが必要です。創造主なる神は、創造の前からイエス様にあって私たちをどのようにしてくださったのか、引用箇所を読んで確認しましょう。
・エペソ1:4,7,13/


9 聖書は、神が天地を創造され、天地の創造主であるとの宣言から始まりました。この神が私たちを選び、救い、神の子とされたということがどれほど恵みであることか、私たちは感動して感謝したいのです。イエス様と創造の御業の関係について、どう言われていますか。どんな印象を受けますか。今日の学びを生活にどう生かしますか。
・ヨハネ1:1〜4/
・ヘブル13:21/(参考)

「命の実を刈り取ろう」

イエス様を信じる者は、新しい命をいただき、罪によって堕落し混沌とした空しい生活から、秩序で充実した生活に回復されます。このイエス様の救いが、創造の時から関係していたのだなと今日の学びを通して分かりました。今日の学びを通して受けた恵みや気付きを分かち合い、感謝の祈りをささげましょう。イザヤ40:26。

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