小グループで聖書を学ぶ

21 言葉を混乱させ、散らされたが(創世記11:1〜9)

「心の門を開いて」

 ブリューゲルという画家がバベルの塔の絵を大小2つ描いています。建設中の大きな絵の左下には塔を建てさせている王が描かれており、その1/4の小さな絵には、暗雲たちこめる中に数ミリほどの人々が千何百人も描かれています。なぜそのように描いたのでしょう。今日の箇所を学ぶとその理由が分かって来ます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 バベルの塔と言っても、名前が聖書に記されているわけではありません。その地の名前からそう呼ばれています。なぜ、人々は、バベルの塔を建てるようになったのですか。その理由について何と言っていますか。
・9節前半/
・1節/

2 一つの言語であったら、外国語を学ぶ苦労から解放されるのにと思います。しかし、一つの言語であることが罪へと繋がりました。どんな罪の姿を見ることができますか。塔を建てる人々の言葉からどんな罪を知ることができますか。
・2〜4節/
・ヤコブ4:16,ローマ8:7,エペソ5:6/

3 バベルの塔建設の目的は、自分たちを誇る高慢、高ぶりです。人はちょっとしたことでも自分が認められ、評価されることを願うものです。人は、人生に自分なりのバベルの塔、すなわち成功する塔、学問や業績の塔、承認を求める塔、所有や繁栄の塔などを築いていると言えます。私たちも、思い当たることがありませんか。そうならないために、私たちは何を知らなければなりませんか。
・イザヤ16:6,Tヨハネ2:16/(参考)
・ローマ8:31〜32,イザヤ43:4/

4 彼らは、バベルの塔を建てる目的を「地の全面に散らされるといけないから」と言っています。これは、神の命令へのどんな反抗、神の御旨に対するどんな不従順ですか。神の命を受けていながら、どうして民は御言葉に反抗し、不従順となると思いますか。
・9:1,7/
・イザヤ65:2,エレミヤ18:12/(参考)

5 ブリューゲルが描いたバベルの塔の大きい絵には、塔を建てようとした王の姿があり、細部まで人間の営みが描かれ、神に対する高慢というテーマが強調されています。小さい方のバベルの塔には、縦60cm横75cmほどの細密画に数ミリの人々が千何百人も描かれています。どんなに高くても、神が降りて来なければならない存在だということです。塔建設をしていた人々に対して、神はどうされましたか。それは、何のためでしょうか。
・6〜7節/


6 言葉が一つであったことが塔建設の発端なので、神は人々の言語を混乱させ、言葉が通じないようにされました。その結果、人々はどうしまたか。バベルの塔の建設はどうなりましたか。
・8〜9節/


7 この「混乱させる」という動詞は、7節9節と二回も使われています。神が言葉を混乱させたので、その地の名もバベル(混乱)になりました。神を離れてする試みは、必ず混乱に陥ります。これは塔を建てる人々の高慢と不従順に対する確かに裁きなのですが、神の慈悲深い抑制と見ることができます。どうしてですか。考えたことを分かち合ってくみましょう。



8 私たちの何かがストップされる時も、そこには神の知恵と慈悲があると見ることができます。そのことを受け止めて、祈って、導きに従ってみましょう。バベルの塔を止めるために生じた言語の違いが人々を混乱させ、散らされたけれども、何と、やがて神は、イエス様の救いによって、逆に人々を一つに集めてくださるようになります。バベルから散らされた地域から集まってきました。それは、一体どのようなことなのでしょうか。
・使徒2:4〜8/
・使徒2:9〜10/

9 バベルの塔の時言葉を混乱させて人々を散らされた神が、再び人々を一つに集めてくださり、人々が同じ福音を聞くという奇跡を起こされたのです。新約聖書のギリシャ語で教会のことを「エクレシア」と言います。「集会」とか「呼び集められた者の集まり」という意味があります。教会は、イエス様に救われて、罪を赦され、新しい命を与えられた者が召し集められた集まりです。この恵みに対して、どのように応答しますか。
・,ヘブル10:24〜25/(参考)

「命の実を刈り取ろう」

召し集められた者の集まりである教会も、散らされることがあります。使徒11:19〜20。福音が証しされる時です。私たちも、教会に召し集められていますが、教会から世に散らされ、福音を証しする者とされています。ヨハネ20:21。今日の学びを通して、バベルの塔で示された人の罪に気付かされ、悔い改め、イエス様のもとに集まります。人はイエス様によって一つとされるのです。気付きや適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。エペソ1:10。

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