小グループで聖書を学ぶ

6 助け手を造ろう(創世記2:18〜25)

「心の門を開いて」

 現代の世界は、欲と罪の蔓延のために、家庭が崩壊し、男女の関係も崩れて来て、孤独に生きる人が増え、社会は混沌としています。人の欲がどうしたいか、世界がどう変化しているかではなく、聖書はどう教えているかに聞かなければなりません。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 神は造られた人について、「人がひとりでいるのは良くない」と言っています。神の似姿として創造された人とは、関係性の中で生きていく存在だったからです。それで、何が必要だといわれたのですか。人は、どんなことをしながら、そのことに気付くようにされましたか。
・18節/
・19〜20節/

2 神は、人に生き物の名前を付けさせながら、人が自分にはペアがいないことに気付くようにさせました。人は、自分と共に存在し、自分を助けてくれる人の必要を自覚するようになりました。その存在を「助け手」と言っています。この表現は、どんな誤解を生じさせますか。本当の意味はどういうことだと思いますか。
・Tコリント12:22〜24/
・詩篇30:10,33:20/(参考)

3 「助け手」とは、弱い、付属的な存在というのではなく、決定的な存在と言うことができます。神に創造された人が、関係性の中で経験する喜びや幸いは、一人では経験することができないからです。喜んで幸いに生きている人は、誰かとの親しい関係を築いているものです。たとえ難しい状況にあったとしても、心や思いを分かち合う人がいる人は幸いです。あなたは、どんな関係から恵みを受けますか。どんな関係を大事にしますか。
・Tコリント12:25〜27/(参考)
・ガラテヤ6:10/(参考)

4 その人の助け手である女の造られ方が記されています。人の造られ方と比べて違う造られ方をされたということは、男と女は違うということです。結婚式の時、健やかな時も病める時も愛しますかと問いに「はい」と誓ったのに、やがて葛藤し、争うようになります。なぜだと思いますか。どんなことに気付いて、どうしようとするからですか。
・21〜22節/
・創世記2:7/

5 人は、他人の違う点だけ見て、否定し、批判して、問題が生じます。女が人のあばら骨で造られたことについて、マシュー・ヘンリーという昔の有名な注解者は「女が男の脇腹から取ったあばら骨で造られたのは、男を支配するように頭で造られたのでもなく、男に踏みつけられるように足で造られたのでもなく、男と同等で男の胸の中で保護され、心臓の近くで愛されるように脇腹のあばら骨から造られた」と説明しています。この説明を読んで感じたことを分かち合ってみましょう。
・21〜22節/

6 造られた女は、人の前に連れて来られました。その女を見た人は、何と言いましたか。それはどんな意味なのですか。
・22〜23節/
・エペソ5:28〜29/

7 23節の表現は、女が自分を助けてくれる存在というよりも、この女の存在そのものが自分にとって大切だという意味です。この女が大事な存在だと言っているのは、相手をほめていることにもなります。足りないと思う所を要求したり、自分と違う所を責めたりするよりも、自分と違う所や自分にない所を褒め、感謝することが大事です。あなたは、様々な人間関係において、相手を褒め、相手に感謝していますか。その結果どうなりますか。


8 神は、夫婦の関係をこの世で最も近い、大切な関係だと言われました。夫婦について、何と教えていますか。どのような関係からどんな関係へ優先となりますか。この表現から、どんな誤解や思い違いが生じると思いますか。
・24節/


9 24節は、両親と訣別するということではありません。最も優先すべき忠誠を尽くすべき対象が夫婦に変わらなければならないということです。使徒パウロは、この24節を引用しながら、「この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とを指して言っている」と言っています。それは、どういうことですか。どのようにいていきますか。
・エペソ5:31〜32/
・エペソ5:23〜25/

「命の実を刈り取ろう」

私たちが罪によって壊れた関係性にいたとき、イエス様は私たちの人生の真ん中に来られました。 ??私たちが犯した罪の罰の代わりに十字架にかかって呪いを受けられ、苦しみ死なれました。私たちをそのように愛してくださったから、私たちは罪赦され、罪で壊れていた関係も回復されるようになるのです。学びを通して与えられた気付きや適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。

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