小グループで聖書を学ぶ
7 罪の根(創世記3:1〜7)
「心の門を開いて」
私たちは、日常生活の中で色々な試みや誘惑にあい、御言葉に反するようになる時があります。私たちは、なぜ試みや誘惑に陥るのでしょうか。誘惑に陥らないためにはどうしたらよいのでしょうか、罪とは一体どういうものなのでしょうか、創世記3章のはじめの所から学びます。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 神が人に与えられた最初の命令は何ですか。この命令の意味は何ですか。どうして、神がこのような命令をする権利があるのですか。その理由は何ですか。
・創世記2:16〜17/
・創世記2:7〜8,15/
2 神は人に自由意志を与えられましが、神に造られた人が神の命令に従うことを望まれました。善悪の知識の木は、人が神の言われることを守らなければならない秩序にあるとともに、真の幸福の道がどこにあるのかを知らせるものでした。蛇が女に近づいた理由は、何ですか。なぜ蛇はまず女に近づいたのですか。人が神の命令を聞いた時、そこにいませんでした。夫からの伝聞です。その理由から何を学びますか。
・1節/
3 狡猾で騙す者であったサタンに遣わされた蛇から「本当に」と聞かれると、不安になり、混乱しました。そして、「どれからも食べてはならないと言われたのですか」という問い自体、騙すための布石となりました。騙され、誘惑に陥った女は、何と答えましたか。その致命的な弱点は何ですか。あなたも、そうすることがなかったですか。
・2〜3節/
・箴言4:24/
4 神の言葉を正しく受け止めず、自分勝手に拡大解釈したり、脚色したりすると、大変危険です。ますます誘惑に陥ります。女の心の中を見透かしている蛇は、女が心に願っている思いに合わせて、誘惑し、騙します。蛇のいうことは、どんな意味ですか。どういうことを言っているようなものですか。どれほど狡猾か、分析してみてください。
・4〜5節/
5 「神に従わない方がもっと良い結果を得ることができます。一切束縛のない、何でも自由にできる神のようになれますよ」と言っているようなものでした。これを聞いて、女は完全に騙され、誘惑に陥ってしまいました。蛇の言葉に誘惑された女は、これまでまったく感じなかった感情をもって善悪を知る木を見るようになりました。それは、どういうことですか。私たちも、この女のような経験をしたことがありませんか。
・6節前半/
6 サタンの誘惑を受けて騙されると、心の内側に変化が起こり、見え方や感じ方が変わり、罪に陥ってしまいます。善悪の知識の木の実が食べるのに良さそうで、目に慕わしく、賢くしてくれそうで好ましく見えました。女はどうしましたか。結局、その罪はどうなったのですか。夫の態度はどうでしたか。夫の責任について、どう思いますか。
・6節後半/
7 罪の根は、「神のようになる」ということでした。善悪の知識の木の実を食べたということは、人が神の命令を無視し、自分が神様のようになりたいという欲に捕らわれたことを意味します。神の主権に挑戦し、神に従おうとしないことが罪の根なのです。神のようになりたいので、善悪の知識の木の実を食べたのですが、結果、どうなりましたか。そのようなことに対して、イエス様は、どんなアドバイスをしておられますか。
・7節, マタイ6:25/
・マタイ6:31〜33/
8 私たちも、生活の中に様々な試みや誘惑を受けます。どうしたら、試みや誘惑に陥らないようにできるのでしょうか。女が誘惑を受けた状況を確認しましょう。まず、女は、誘惑されやすい善悪の知識の木の近くにいました。次に、ずっと蛇と女だけの会話が続きます。一人でいる時、女は誘惑を受けました。そして、夫から聞いていた神の命令は伝聞でした。このことから、試みや誘惑に陥らないためには、どうしたらいいのでしょうか。
・イザヤ52:11/(参考)
・ヘブル10:24〜25/(参考)
9 試みや誘惑に陥らないためには、「誘惑される場所から離れること」「信仰の交わりの中にいること」「自分自身が御言葉で生きること」です。あなたは、今日学んだことを通してどのように生きていきますか。
「命の実を刈り取ろう」
私たちが罪を犯す理由は、犯すだけの環境の中におり、離れずにいるから、罪を犯すのです。罪の犯す環境から出ましょう。私たちが、教会という信仰の交わりの中にいて信仰生活をすることは、とても大切なことなのです。信仰の分かち合い、信仰の交わりが大切です。聖徒が聞いて読んだ御言葉を黙想し、味わい、自分の人生に適用された場合、その御言葉は自分のものとなります。イエス様の十字架によって罪から守られることを願います。気付きや適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。ローマ8:2。
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