小グループで聖書を学ぶ
8 あなたはどこにいるのか(創世記3:8〜13)
「心の門を開いて」
仕事と人間関係があれば、そこには責任転嫁をする人もいるでしょう。言い訳をして自分のミスを認めない人や、何でも人のせいにしたり、失敗の原因を人になすりつける人がいるのは困ります。ある調査では、職場で自分の周りにそのような言う人がいると答えた人が6割超えたったそうです。このことについて、今日の箇所から学びます。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 罪に堕ちた人とその妻は、罪の特性を示すようになりました。まず、二人はどんな様子を示していますか。なぜ、そのようにしたのですか。神との関係がどうなってしまったからなのですか。
・8節/
2 二人は、罪を犯したので、神を恐れ、隠れました。これが、罪の結果の姿でした。神を恐れて隠れた人に、神は質問されました。その意味はどういうことですか。あなたが神からそのように質問されたら、何と答えますか。
・9節/
3 神との深い交わり、関わりがあるかが私たちの信仰生活の核心です。この時も、隠れている人に対して、霊的状態を聞いておられたのです。罪を犯したことを告白し、悔い改めることを望んで、聞かれたのです。しかし、「あなたはどこにいるのか」という神の質問に対して、人は何と答えましたか。それは、何をしたことをごまかしているのですか。自分の失敗や過失を正当化するために都合の良い説明をすることを何と言いますか。
・10節 /
・6節/
4 社会でも、人々は自分の誤りを認めるのではなく、何か理由をつけて言い訳しようとします。それも、言い訳にならない理由まで持ち出して来て、ごまかしを露呈してしまいます。「裸であるのを恐れて」と言い訳をしていますが、言い訳になっていますか。何と答えることが求められていたのですか。
・使徒3:19/(参考)
5 人々には、ある程度はそれなりの理由があるので、言い訳をします。問題は、それに加えて、自分の誤りを認め、謝ることがあるかということです。社会でも、何かというと言い訳ばかりする人がいて、周りの人が困ったり、イライラしたりするとはよく聞く話です。他人の言い訳に接して、困ったり、イライラしたりすることがありましたか。私たち自身は、言い訳についてはどうですか。
・Tペテロ2:1~2/(参考)
6 神は言い訳をする人に次の質問をされました。「なぜ、命令を破って、善悪の知識の木の実を食べたのか」という直球の質問です。善悪の知識の木の実を食べたことは否定できないと悟った人は、どんな答えをしましたか。あなたは、アダムの答えを読んで、どんなことを感じますか。答えは間違っていませんが、何が問題なのですか。
・11〜12節/
・ヤコブ1:13〜14/
7 アダムは、確かに、妻が勧めてくれたので食べました。神の命令を直接聞いたのは、自分です。自分が妻を止めなければという責任感がなく、妻を誘惑から守るという意識もありません。自分の罪をその女のせいにしています。責任転嫁です。自分の罪を神のせいにさえしています。あなたも、自分の過ちや失敗を神のせいにしたことはありませんか。
8 次に神は、その妻にも質問しています。「あなたは何ということをしたのか」とは、どんなことを指していますか。女も責任転嫁しています。責任転嫁も伝染しています。女は誰のせいにしたのですか。それは間違っていることですか。本当は何と答えることが求められていたのですか。
・13節前半,6節/
・13節後半/
9 間違ってはいませんが、蛇の誘惑を受けて、貪欲から罪を犯したとは告白しませんでした。次々と他人のせいにする滑稽な姿ですが、社会でもよくある姿です。根本的な罪の責任は自分にあります。人が自分の罪を環境のせいにしたり、他人のせいにしたり、神のせいにまでしたりしますが、罪の原因は御言葉に聞き従わず、自分の肉の思いに従うからです。二人の姿を学んでみて、社会の中で自分はどのように生きようとしますか。
・ヤコブ1:13〜14/
「命の実を刈り取ろう」
自分に責任があると認めるのは勇気がいることです。しかし、ミスをした時は下手な言い訳をするより、素直に自分の非を認めて謝罪したほうが良い印象を与えるでしょう。アダムとエバの子孫である私たちも、言い訳や責任転嫁をする誘惑にさらされますが、今日の御言葉を思い出し、対処しましょう。学びを通して与えられた気付きや適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。ヤコブ1:14。
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