小グループで聖書を学ぶ
10 主が受けてくださる礼拝(創世記4:1〜15)
「心の門を開いて」
創世記2章で仕事の始まりについて学び、3章で罪の始まりとその特徴について学びました。そして、4章では礼拝の始まりと言える出来事とそれにまつわる事件が記されています。今日の箇所から、礼拝とは何か、私たちはどういう礼拝をささげるのかについて学びます。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 エデンの園を追放されたアダムとエバの間に、二人の息子が生まれました。やがて大人になってどんな仕事をするようになりましたか。しばらく時が過ぎて二人は何をしましたか。それは、何をしていたことになりますか。
・1〜4節前半/
・ヘブル9:9/(参考)
2 二人が主にささげ物を持って来たということは、神に礼拝をささげたということです。礼拝の始まりが記されていることになります。二人はそれぞれささげ物を持って礼拝したのですが、そこで問題が起こりました。どんなことですか。その原因は、ささげ物の違いではありません。何の違いなのでしょう。引用聖句読んで感じることは何ですか。
・4節後半〜5節前半/
・ヘブル11:4/
3 エバはカインが生まれた時、「私は、一人の男子を得た」つまり、男の子を「獲得した、所有した」と言っています。カインという名も、「所有する、獲得する」という意味です。しかし、次男のアベルについては、「虚無、無駄」という意味の名を付けるくらい、余計物扱いでした。間違った執着と偏愛で育ったカインは、極めて自己中心的、親の間違った所有意識を受け継いだ人となりました。それは、どんな態度に現れていますか。
・5節/
4 自分の礼拝が神に認めてもらえなかったのなら、カインは自分を振り返り、悔い改め、自分を正すべきでした。しかし、自分の形式的礼拝、不信仰、不誠実を省みることがありませんでした。問題は受け入れてくれなかった神にあると激しく怒りました。怒ったカインに神が言われたことは、神のどんなことを表わしていることになりますか。
・5〜7節/
・イザヤ63:9/
5 あわれみ深い神は、激しく怒り、顔を伏せていたカインに対して、優しく過ちを指摘して、悔い改めるように声をかけました。神としっかり向き合い、神との関係が正されるチャンスでした。しかし、カインは、自分を評価してくれない神への怒りを誰にぶつけましたか。このカインの姿をどう思いますか。
・8節/
・ヤコブ3:16/
6 怒りを神がそのささげ物を目に留められた弟アベルにぶつけました。承認されない不安や怒り、承認された者への嫉妬や憎しみを心理学用語でカイン・コンプレックスと言います。親や教師や上司などの評価をめぐって生じるコンプレックスです。人の愛情や評価を巡って身近な人を対象にするので、子どもでも誰でも陥り易いものです。私たちはどうでしょうか。そんな思いが生じたことはないでしょうか。
7 カインとは違って、神はアベルの礼拝を受けられました。アベルは、カインと何が違っていたと思いますか。引用聖句も参照してください。
・4節/
・ヘブル11:4/
8 アベルは、自分が望む礼拝ではなく、神の望まれる心からの礼拝をささげました。それによって、アベルが正しい人、義人であることが証明されました。それなのに、カインに妬まれ、恨まれて、殺されてしまいました。これについて神は何と言っておられますか。それは、何を意味していますか。イエス様が引用された箇所を参照しましょう。
・9〜10節/
・マタイ23:35,ルカ11:51/
9 なぜアベルは、義人と呼ばれるのでしょう。義人とは、どういうことでしょうか。聖徒たちは、義人であることが求められています。私たちは間違いもするし、罪もあり、問題も多くあるから、自分は不義の人ですと言うかもしれません。しかし、私たちは義とされています。なぜですか。何によって義とされたのですか。それによって義なる存在とされているあなたは、義人としてどのように生きていきますか。
・ガラテヤ2:16,Tペテロ2:24/
・ローマ1:17/
「命の実を刈り取ろう」
神が喜ばれる礼拝は、アベルのように信仰による礼拝、神様の御心を求める礼拝、従順の礼拝です。どんな礼拝をささげるべきか、イエス様も教えておられます。ヨハネ4:23〜24。聖霊に満たされる中で、イエス様を信じる信仰で礼拝する時、神が受けてくだる礼拝となります。神への礼拝に失敗したカインは、神の御前に失敗した人生を生きました。神にささげる礼拝は、私たちの人生にとって本当に重要なのです。適用や気付きを分かち合い、互いのために祈りましょう。ヨハネ4:23〜24。
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