小グループで聖書を学ぶ
17 覆いを取り払って(創世記8:13〜22)
「心の門を開いて」
世の中には、一人合点というか、自分の判断が絶対という人がいます。どんなに専門家のアドバイスを聞いても、結局は自分の判断に頼り、アドバイスを聞かないで失敗してしまう人がけっこういます。私たちは、どうでしょうか。ノアの神の御言葉に対する従順さから学びます。
「御言葉の種を蒔きながら」
1 長い洪水が終わり、水が引いたことを確かめたノアは、痺れを切らして、すぐに箱舟から飛び出したりはしませんでした。なぜでしょう。そもそも、ノアは神の命令に従って、箱舟に乗り込みました。ですから、出る時も、神の命令を待っていたのです。待っていたノアは、何をしていますか。そのことで、どんなことが分かったのですか。
・創世記7:1,13/
・13節/
2 箱舟の屋根の覆いを取って外を見て、地が乾いたのが確認できました。水が引いても乾いていなければ、大地は泥沼の状態です。うっかり飛び出したら、泥の中に沈んでしまいます。水が引いても待たされたのには、意味があったのです。御言葉に聞いても、自分の判断で行くということがないでしょうか。ノアは本当に神の御言葉に従順な人でしたが、あなたはどうですか。
・ローマ16:19ピリピ3:12/(参考)
・Uテサロニケ1:4、ヘブル5:3/ (参考)
3 私たちの信仰生活にも、待つ時があります。人生には、待つことが必要なことがあります。その間、辛く、悲しく、落ち込むこともあるでしょう。そんな時、どうしますか。御言葉を参照してみましょう。どんな思いを与えられますか。
・エレミヤ29:11/
4 大地はすっかり乾きました。ついに箱舟から出る時が来ました。なぜですか。箱舟に入る時のことも参照しましょう。ノアはどのように行うかを判断する場合、調べて観察しても、最終的な決断は何によりましたか。
・15〜17節前半/
・創世記7:1,13/
5 ノアは、神の御言葉より先立つことをせず、最終的な権威を神の御言葉に置きました。洪水の後の大地は荒れ果てています。以前のものは何もなく、誰もいないません。洪水を経験し、不確かな未来に直面していますが、ノアは躊躇せず、箱舟から出ました。あなたは、道が開かれたにもかかわらず、ためらったことはありませんか。御言葉が示されたのに、決断を先延ばしにしたことはありませんか。
・18〜19節/
・創世記19:16, 詩篇119:60/(参考)
6 私たちは、行きなさい、出なさいと示されても、躊躇してしまうことがあります。導きがあれば、速やかに従う者でありたいです。聖書は、どんな時にどんな所から「出よ」と言っていますか。参照箇所を読んで、思うところを分かち合ってみましょう。
・イザヤ49:9/
・イザヤ52:11/
7 ノアが箱舟を出て最初にしたことは祭壇を築いて、ささげものをすることでした。それは、礼拝です。出てからしたいことがあったはずですが、なぜ、すぐに礼拝をしたのですか。状況を把握して、考えられる理由を挙げてみてください。そのノアの姿勢から教えられることは、何ですか。
・20節/
8 洪水という裁きから箱舟によって救われたノアが、この経験によって悟ったことは、神なしでは何もないということでした。だから、まず礼拝をしました。ノアが礼拝をささげた時、神はそれを喜ばれ、祝福と回復を約束されました。それは、どんなことですか。2つのことを挙げて、その意味を説明してみてください。
・21〜22節/
9 「人の悪のために、再び洪水で滅ぼすことはしない」という約束は、本当に恵みです。この約束は、どのように果たされるのですか。「大地を呪うことはない」ということは、大地も回復し、収穫の祝福を受けるということ約束です。信仰の人生において、どんな祝福と回復を経験しましたか。
・Tペテロ3:18,Uコリント5:21/
「命の実を刈り取ろう」
私たちも、神の導きに従って行く時、神が私たちの人生の舞台と生活の場を祝福してくださり、回復してくださいます。神が私たちを覚えてくださり、新しい道を開いてくださいます。その時、その道を知って従うことができるのが、神を礼拝する者です。神の御言葉の導きを受け、祝福の人生を生きることを願います。学びを通して与えられた適用を分かち合い、互いのために祈りましょう。伝道者の書3:1。
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